目標は小屋? 初めての連泊
―白馬岳―

中谷さんファミリー

休日は仕事に疲れ、家の中で過ごすことが多かった。ある時、子供が完全なるインドア派で表に出たがらず、体力もないことに気が付いた。これはまずい!と思い、子供が富士山に登ってみたいと言い出したのをきっかけに親子での山登りを始めた。1年間かけて標高、標高差、歩行距離などを考慮しながら、少しずつレベルアップしてきた。そんな中、小学生になった息子(健太郎)の夏休みに企画したのが白馬岳周辺の稜線歩きである。最近は登山が最も多くの時間を子供と過ごす機会になっている。一緒にいる時間を重ねるからこそ同じ価値観を共有していけるようになれるのではないかと思う今日この頃である。

1日目

5:30に車で自宅を出発。山々に見惚れていて安曇野ICを通り過ぎてしまい、高速を降りたのは麻績IC、結局1時間以上ロスした。ペースアップの厳しい親子登山では痛手である。10:00頃に何とか八方第2駐車場に到着し、八方インフォメーションセンターから10:20発の栂池高原行バスに飛び乗った。今回は栂池から白馬大池を経由して白馬岳を目指すコースだ。これまでの経験から1日に1000m以上の標高差を登ることは健太郎にはまだ厳しいと考え、大雪渓を登るコースは魅力的だったが今回はゴンドラを利用して標高を稼ぐことにした。11:00、栂池公園駅(839m)から栂爺に見送られてゴンドラに乗り、栂池自然園駅(1829m)までの約1000mの標高差は文明の力を借りた。子供には乗り物も登山の楽しみになる。

11:55、身支度をして栂池自然園ビジターセンター横の登山口をいよいよ出発。初めての長旅にやや健太郎も緊張気味だ。勾配はきついものの天狗原(2204m)に向かって順調に登る。登り始めると緊張が取れたのか、健太郎もどんどん進んだ。「天狗原」の看板を過ぎると再び急登になる。まだ身長の低い彼にとってはゴーロ状の直登はきつい様で一気にペースが落ちる。それでも小雪渓に来ると今回用意してきたヘルメットを被ってご機嫌になった。単純であるが新しいギアを使うのもモチベーションアップの1つだ。何とか16:00頃に白馬乗鞍岳の山頂に到着、本来ならば山小屋に着いていたい時間だけれど、車でICを通り過ぎた私の責任である。息子は山頂に着いてもゴール(山小屋)が見えないことに不安を口にするが、もうすぐ見えるからと言い含め再び出発。ほどなく白馬大池の雄大な景色とその向こうの大池山荘が見えた。健太郎は「着いたぁ~」と喜ぶが、心の中で「見えていても遠い大池山荘」とつぶやきながら、「そうだね。あと少しだ!」と励まして山荘を目指す。山荘に到着したのは17:00、予約有、天候も良く、まだ明るいのが救いだが、猛省した。

山小屋は基本的に子供にやさしい。最年少の小学校1年生ということもあり、食事の順番など色々とお気遣いいただき、山小屋でも楽しい時間を過ごさせていただいた。夜は満点の星空を臨めたが、彼は夢の中だった。

 

   
ゴンドラに乗って上機嫌   いよいよ登山口、やや緊張   天狗原に到着
   
白馬乗鞍岳到着   しかし、近くて遠かった。。。   遂に白馬大池山荘到着

 

2日目

早々に布団に入り、たっぷりと寝たおかげか、朝には健太郎も元気を取り戻し、うまいと唸りながら朝食を食べた。子供の凄いところである。白馬大池山荘を6:30に出発し、雷鳥坂を順調に登る。残念ながら雷鳥には会えなかったが、もしかすると気が付かなかっただけかもしれない。7:30、珍しくコースタイム通りに船越の頭に到着、のっているのか休憩なしで歩くと言う。船越の頭を過ぎて高度を上げるとこれから歩いていく豪快な山容が見えてきた。三国境から白馬岳への稜線だ。自然と気分も高揚する。白馬大池が最後に臨めるポイントを過ぎ、9:00頃、小蓮華山(2766m)に到着した。なんだかもうお腹が空いたので、山小屋で作ってもらったお弁当を分け合いながら親子で早ベン!いい景色だ。

その後も今回目標だった稜線歩きを楽しむ。これから進む道が延々と見え、自分の後ろには歩いてきた道がある。まさに空中散歩である。しかし、「最高!」と思っていたのは、その頃には父親だけだったかもしれない。10:53、三国境(2751m)に着くころには健太郎も疲れが見え始め、文句ばかりが目立つようになっていた。どうも彼にとってのゴールは山頂というより山小屋で、山小屋(ゴール)が見えないとモチベーションが上がらないようである。困ったことに山小屋は山頂の向う側だ。山頂に行ったら見えるからとなだめるも、遂に白馬岳山頂直前にして「もう動けない」と座り込んだ。よくある親子登山の一場面である。他の登山者が通るたびに暖かい励ましをくださった。そうした励ましのおかげか、しばらくすると決心して何とか重い腰を上げた。そして、12:14ついに白馬岳(2932m)山頂に到着。彼がこれまで登った最高点である。しかし、彼のゴールはあくまで山小屋らしく、早くゴールしたいのに、父親が楽しみにしている山頂でのコーヒーを淹れ始めると不機嫌になった。慌ただしくコーヒーを飲み白馬山荘へ向かって13:15無事到着。受付を済ませて、天上のレストラン・スカイプラザで、山バッチをゲットした健太郎は機嫌を直した。本日の本当のゴールだ。父親も生ビールをいただき、まさに天上の気分。昼過ぎに到着して時間があったので、県境で写真を撮ったり、景色を眺めたりとゆったりとした時間を過ごした。健太郎ははしゃぎ過ぎてベンチで棘が刺さり、昭和大学医学部白馬診療所のお世話になった。ボランディアで参加する医師とよく訓練された医学生には感謝である。ぜひ続けてもらいたい。

ここは郵便が出せるよと教えてあげると、健太郎はスカイプラザで絵葉書を買い、今回置いてきた弟(3歳)に「今度は一緒に登ろうね」と覚えたてのひらがなで一生懸命書いて投函した。午後に充実した時間を過ごせたので、1番の組で夕食を済ませるとすぐに就寝した。

 

   
朝ごはん、ウメェ~   ザックが上半身より大きい   雄大な景色です
   
白馬岳頂上到着も疲れて不機嫌   やっと2ショット   お父さんの喜び!(^^)!

 

3日目

早朝の天気は富山県(日本海)側からの強い風で絶え間なく雲が発生する状況で、健太郎は疲れもあり、天気が悪いならご来光は見に行かないと山荘に残った。一縷の望みをかけて、強風の中1人で山頂へ向かう。山小屋は満員だったが、多くの人が諦めたようで山頂は空いている。粘ったが朝日は僅かにそのシルエットを覗かせただけだった。健太郎はある意味、正しい選択だった。戻るとまだ眠っていた。

元々の予報は晴れだったため、ゆっくりと食事をとって天候の回復を待つ。しかし、思ったほどは好転しない。歩行速度から考えるとこれ以上は待てないので7:20に白馬山荘を出発、杓子岳・鑓ヶ岳方面へと向かう。相変わらずの濃霧で先が見えず、息子は強風で頻繁に足を止める。なんとか杓子岳の下まで来たが、杓子岳を巻く道は風の吹く富山県側、山頂経由は当然さらに強い風が予想される。一方、戻って長野県側の大雪渓へ降りれば風からは解放される。これ以上進んで中間地点で進退窮まる可能性があるよりは、引き返して大雪渓を下降する方が妥当と判断し、引き返してエスケープルートに変更することにした。9:30頃白馬岳頂上宿舎まで戻ってくると風からも解放されて気持ちも落ち着いたようだ。健太郎にも笑顔が戻る。しかし、猿倉のバスを考えるとこちらのルートも既に時間的余裕がない。トイレを済ませ、エネルギー補給をすると直ぐに下降を開始した。

子供にとって段差のある下りは一番時間がかかるため、大雪渓の取付きまでに予想以上の時間を要した。途中から晴れてきて、予定していたルートが姿を現す。口惜しいが、上空の雲の流れは非常に速く、稜線上は強風にさらされていると思われた。決断したからにはこのルートを下るしかない。途中、長野県警のヘリが大雪渓方面へ侵入していくのが見えた。大きな事故でないことを祈る。避難小屋前で昼食を食べ、大雪渓に取付いたのはもう14:00近く。この頃にはバスは諦めて、猿倉でタクシーを呼べばよいと、日本が誇る大雪渓を楽しもうという気持ちになっていた。標高差600mを超える雪渓歩きは豪快である。そして振り返ってみる雪渓の全容は圧巻だ。雪渓は、雪がクッションになって歩きやすい。しかし、時折、雪渓の脇で大きな音を立てて落石が起こり、また雪渓下部は大きなクレバスが幾重にも出来ているので、なかなか緊張感がある。健太郎はかなり疲れたようだが15:40無事に大雪渓を歩き切り、16:00には白馬尻小屋に到着した。疲れていてもやりきった感がある。また1つ息子が大きくなったように感じた。人里へ降りてきた安堵もあり、雪渓での緊張した面持ちが消え、健太郎にも再び笑みがこぼれた。もう小屋前のテント場を駆け回っている。

しかし、まだ先があるので直ぐに猿倉へ向けて出発した。振り返れば今朝いたはずの山頂ははるか遠くだ。猿倉への林道では随分と元気になっていた。さらに高度を下げていくと暑くなり、上着も脱ぐ。夏だった下界に帰ってきた。17:13猿倉荘(1230m)到着。

杓子岳、鑓ヶ岳を経由した方がタクシーに同乗させてくださったが、稜線上は強風で大人でも散々だったと仰っていた。今回のエスケープは正解としたい。子供との登山には特に柔軟性が必要だと思う。健太郎は3山縦走と鑓温泉には行きたかったらしく、来年の目標とした。目標が出来て良かったのかもしれない。とりあえず鑓温泉の代わりに駐車場に併設された白馬八方温泉に入って帰路に着いた。その後も山に登ったけれど、白馬岳の山バッチがいまだに一番のお気に入りのようである。白馬岳周辺の稜線歩きは親子にとって大切な夏の思い出になったのではないかと思う。

 

   
まだ写真撮影ができます。   避難小屋到着   日本一の大雪渓が見えてきた
   
ゴールは遥か彼方   まだまだ続く   今朝いた場所が遥か遠く

行 程

1日目

自宅出発 5:30
栂池公園駅 11:00
栂池自然園ビジターセンター 11:55
天狗原 13:59
小さな雪渓 15:23
白馬乗鞍岳(2435m) 16:02
白馬大池山荘 17:00

2日目

白馬大池山荘 6:30
船越の頭 7:30
小蓮華山 8:57(小休止)
三国境 10:53(小休止)
白馬岳 12:14(コーヒー)
白馬山荘 13:15
★ビール 13:46

3日目

白馬山荘 7:20
富山側からの強風と濃霧のため、杓子岳の下まで行ったが引き返して大雪渓を下降するエスケープルートに変更。
白馬岳頂上宿舎 9:33
避難小屋 11:07(大休止)
白馬大雪渓取付き 13:48
大雪渓入口 15:40
白馬尻小屋 16:00
猿倉荘 17:13