会報7月号より


笹本長敬・編/注訳
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『山―西洋人のアンソロジー』

 西洋の登山(思想・文化)史を多少ともかじったものなら、ルネサンスの文人ペトラルカのモン・ヴァントゥー登山が、しばしば近代登山の嚆矢とされることは知っているだろう。しかしそのうちの何人が、その登山を綴ったペトラルカの書簡を(たとえ翻訳でも)読んでいるだろうか。私も本書で初めて読んだ。たしかに登山そのものの歓びと感動にあふれた文章で、一四世紀にこういうものが書かれたことは驚きだが、後半で聖アウグスティヌスを引き合いに出し、自分の行為と感情を深く反省している。やはりペトラルカも中世的思考を免れず、うかつにこの詩人を「近代登山」の元祖などと言ったら笑われるかもしれない。
本書はAnthony Kenny 「Mountains ?An Anthology」1991を底本に、山好きの英文学者が取捨編集して翻訳した山に関する文献のアンソロジー。古代ギリシア・ローマや旧約聖書から、二〇世紀初頭のスマイスのドロミテ行まで、時代順と主題別に編んだ23章86編の山の文章が収録されている。話には聞いたことがあったが、読んでいないものがたくさんあった。これを座右にすれば偉そうなことを安心してしゃべれそうだ。
まず巻末の40ページちかい「訳者解説」から読むことをおすすめする。実はこれは独立した学術論文だが、西洋の古代・中世・近世の山岳観の変遷、そして近代では主としてイギリス人のそれが見事に考察され、同好の士に至福の時を与えてくれる。この解説にも本文のアンソロジーにも訳者の精緻で懇切な注が付され、読者が無明に迷うことはない。これにドイツ語文献が加われば登山思想史の世界はもっとふくらむのだが、底本の性格と訳者の専門上、それがないのはやむをえない。
(平井吉夫)

2006年3月
英宝社刊
菊版 324ページ
定価 3200円

ジェニファー・ジョーダン・著
  海津正彦・訳
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『K2 非情の頂』

 K2を登頂した初期女性サミッターは5人いる。だがそのいずれも、今はこの世にいない。3人は下降中に遭難、2人は生還するが他の8000メートル峰で遭難死している。著者は、この5人の女性の生い立ちや日常生活を細かく追い求める。そして、それぞれに持つ強い個性を発見し、「山が好き」という以外に共通する部分を持っていないことに気づく。
 そこに山があるから登る、世界の最高峰を極めたい、自分自身への挑戦など、高峰への憧れはいろいろであろう。しかしサミッターの約20%が遭難するというK2は、他の高峰に対して、桁外れに遭難事故が多い。それにもめげず頂上を目指して挑戦する人たち、特に女性という立場での困難さをいろいろな角度で追い求めている。
 最初に登攀に成功したのはポーランド人のワンダである。共産社会での政治的不安定な中で、彼女のソ連邦の山々などでの活躍は爽やかであり、国を挙げてのスポーツであったようだ。そして1986年夏、ヒマラヤという8000メートルの中から、特にK2山頂を選択した。女性サミッターとして初登頂を狙い、無事生還して世界のスポットを浴び、国を上げての祝賀ムードにひたる。
なぜ多くの危険を冒してまでも登頂するのか。女性としての初登頂・他の女性に譲りたくない・マスコミのスポットを浴びる・講演会や出版活動などがあり、そのターゲットとして、より困難なサミットのK2がある。しかし理由は後から付いてくるのではなかろうか。
彼女達に共通している点があるとすれば、「好きだから登る」「自分には登れる自信」であり、平凡な日常生活から脱皮し、より価値ある人生を自ら選んだ結果であり、そこにクライマーとして山があったのだのであろう。人生は長く生きることだけでは充実しているとはいえない。確かな自分を発見するためにK2を目指した5人の女性達に、限りない賛意を表したい気持ちになる。
世界の高峰K2、登頂した女性たちを通して本書をまとめあげた著者に、改めて感謝したい一冊でもある。      
(林 栄二)
              
2006年4月
山と渓谷社刊
A5判 462ページ
定価 2520円


滝本幸夫・著
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『日高の風―孤高の山岳画家・坂本直行の生涯』

 日本山岳会の会員でもあった山岳画家の坂本直行さんは、今年生誕100年を迎える。
 この本は、直行さんの生い立ちから、二中時代に札樽(さっそん)の山々に熱中していった背景、さらに北大を卒業して、原野での開墾生活や農民運動、その後、画家として生きるまでの生涯を丹念に取材した評伝である。直行さんの『開墾の記』で、過酷な原野の開拓に力を尽くしたことは知られているが、生い立ちを含めた評伝は初めてのものである。
 中札内美術村では、生誕100年の記念に、直行さんの人となりを小冊子にして、記念展で入館者に配布したいとの意向であったようだ。それが、帯広の菓子店六花亭(直行さんの植物のスケッチがシンボルになっている)や、中札内美術村の熱意で、著者の自宅に眠っていた原稿が甦ったと知り、直行さんのことを伝えたかった思いの深さを感じる。著者は、生きていたら新田次郎に書いてもらいたかったと打ち明けているが、著者と、直行さんの妻・ツルさんとの親しい交流がなかったら、この評伝は世に出なかったのではと思う。ツルさんの視点から直行さんが語られているのも好感が持てるし、家庭的とはいいがたかった直行さんを、いつも静かに支え、見守り続けたツルさんの姿が印象的である。
 坂本龍馬の系譜であることを、語ることなどなかったという直行さんであった。だが、まさに龍馬が新時代を目指して、激動の世界へのめり込んでいった熱情の息吹を、そっくり引き継いでいるかのようである。理想に燃えて、農民運動に奮闘したことは意外と知られていない。「自分の希望する文化の萌芽はやがて肥沃なる土壌になりうるはずである。直行は再び力強く鍬を握りしめるのであった」の文章から直行さんの気概が伝わってくる。
 50歳を過ぎてからの後半生は画家として活躍した直行さん。「直行さんの魂は、日高の風になって、誰に束縛されることなく、自由闊達に走っているに違いない」と後書きにあるように、文中から直行さんの息づかいが伝わってくるような労作である。  (樋口みな子)
 
中札内美術村刊 
B6変型判 252ページ
定価 1500円

*中札内美術村で、記念展を開催中。11月からは、高知県立坂本龍馬記念館で「反骨の農民画家、坂本直行展」を開催予定。 
*問合せ=中札内美術村(рO155-68-3003)

大野義照・著
『後立山からヒマラヤへ』
――戦後半世紀の歩み――

 本書は、大阪大学山岳部創立50周年記念事業の一つとして発行された記念誌である。
1949(昭和24)年創立から、今日までの国内外における活動を、国内の山行、海外遠征、山岳部いまむかし、の3部にまとめている。
国内は主として北アルプスでの活動が中心に書かれている。戦後の物不足の時代の昭和初期、装備や食料など粗末な中で、苦労と工夫をされている様子がうかがえる。この頃の山行は、大なり小なり、みな同じような状況であった。
しかし、年とともに部員も増加し、体力も向上した。結果、後立山●縦走、黒部川上廊下積雪期初横断、剱岳北方稜線など、着実に体力アップされていった。
第1部には、そんな時代の節々に参加された方々の回想記と、時報に掲載された報告の一部を採録して纏められている。
第2部では、国内の実績にあわせて海外遠征の計画を実行することになるが、選んだ山はP29である。理由について初代会長の篠田軍治氏が“P29の10年”の中で次のように述べている。「いかにも難しそうな山だからである。その上に相当な高度を持つ独立峰であること、マナスル三山のうちの唯一の未踏峰である」
1961〜70年の10年、4回の遠征で初登頂に成功したが、登頂後の滑落事故で登頂者の渡部洋隊員と、ハクバ・ツェリンを失った。
“P29初登頂、10年がかりで悲願達成”で、第4次登攀隊長であった住友仏也氏が詳細に述べている。
第3部の中に“思い出の人々”ということで、惜しまれながら世を去られた篠田軍治氏、水野祥太郎氏、徳永篤司氏など7名の思い出の記があるが、懐かしくもあるが、悲しい思い出もある。
当然ながら、大阪大学山岳会の半世紀の活動の軌跡がよくわかる1冊である。 
  (茂見 猛)

佐伯克美・著  
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『登山、スキー 大好き Nature photo & Essay』 

 克美さんは魚津の佐伯郁夫さんの奥さん。まさしく、夫唱婦随山好き、山スキー狂いはご存知のとおり(富山の山などおしどり執筆)。定年、子育て卒業とともに、60歳から山スキーを熱烈再開したらしい。
北海道85キロスキー・ラン、ノルウエー、北極圏、70歳の記念に間宮海峡スキー踏破など、あきれるばかりの熱中ぶり。
そのほか、ニュージーランド、欧州アルプス、カナダへのスキー、登山など60〜70歳までの記録とエッセイ(北陸中日新聞などに発表のもの)。
もちろん、地元の立山・剱の登攀記、植物・野生動物(熊との遭遇!)などの自然観察・論考はさすが元理科の先生、しっかりしたまなざしで観察、描写していて好もしい。(郁夫氏の文章よりも生き生き?) 女性っぽくて新鮮。
もちろん写真のレベルはとっても高い(郁夫氏の指導?)。私家版だが、装丁、レイアウトはなかなかで、写真はオールカラーである。
褒めすぎかもしれないが(このご夫妻と特段に親しいわけではない。『雪上散歩12』にノルウエーツアーを郁夫さんに執筆してもらっただけの縁)、女性山スキー狂いの諸姉へとくにオススメ。
(松沢節夫)

2006年6月刊 
変形 154ページ
1600円(送料別)