会報5月号より


小林尚礼・著
『梅里雪山』―十七人の友を探して―

 1991年1月、雲南省の未踏峰梅里雪山(6740b)を目指す日中合同登山隊の17名が消息を絶ち、日本の海外登山史上最悪の遭難となった。17名中11名が京都大学学士山岳会(AACK)を中心とする日本隊員であった。
当時、京大の現役山岳部員であった著者は、この信じ難い報せを受けた後、救援隊の準備、同期生であった隊員の留守家族への応対などに奔走することになる。
何の消息もつかめず絶望視のまま5年の歳月が経ち、1996年に再挑戦を目指す登山隊に社会人となった著者は参加する。山麓の住民(チベット人)に抵抗されつつも頂上間近まで迫ったこの隊も、天候悪化の兆しで登頂を断念し、遭難隊の痕跡も確認できぬまま撤退を余儀なくされた。
更に2年後、現地住人より氷河上の最初の遺体発見の報せをうける。収容隊に参加した著者はその後勤め先を退社し、写真家への道を歩む。翌年更に遺体、遺品の発見が続くと、AACKで現地に常駐者を派遣する方針が打ち出され、著者に白羽の矢がたてられた。
梅里雪山の主峰カワカブを聖山と崇め、これを汚すと考えられた登山隊にこれまで度々抵抗してきた山麓の村人達だったが、単身村に戻った著者は、先ずは村長一家に受け入れられ、以後幾度となく長期滞在を繰り返し7年の歳月が経つ。
村人と暮らし、遺体捜索活動のかたわら聖山カワカブ一周の巡礼を繰り返して行くうちに、著者にとって登山の対象でしかなかったこの山への思いが変化し始め、終には「この山には登ってはいけない」と思い始める。著者は「聖山とは何か」を追い求め、自分の旅を「聖山に出会う旅」と位置づけた。残る一人の遺体が見つかるまでこの旅はまだ終わらない。
本書は「岳人」誌に連載されたものを加筆、修正、再構築したものである。書名の副題にも示されるように重いテーマだが、多分著者の人柄が表れた筆致によるものだろう、読後感は爽やかで明るい。
急速な近代化の波に洗われるなか、世界遺産にも登録されて観光地化の進む山麓の暮らしの変貌ぶりも興味深い。多数の写真が著者の写真家としての腕の冴えを見せている。     
なお、著者は1999年JAC有志隊に参加し、チベットの未踏峰リャンカン・カンリ(7535b)の初登頂を果たしたことを付記しておきたい。  
(越田和男)

2006年2月山と渓谷社刊
150_×210_ 303n定価 2300円


内田陽一・著
『五十歳からの挑戦』
―アルプス4000b峰36座登頂―

 著者のエネルギッシュな行動と、熱い思いが感じられる興味深い本である。ヨーロッパのガイド付き登山がどういうものか知りたい人や、ガイド付き登山を志す人には必見の書であろう。
〈 “水筒の水を飲んだらガイドに叱られた” “ガイドに5分の休憩をもらって着替える事にした。ところがガイドは怒った “〉など、ガイドとのやりとりの実例をあげ、ガイドの行動に疑問を抱いている。その一方、〈 “ガイドは100l不要、といいきってもよい山だ”のブライトホルンで毎年ガイドをしていた私は、アプローチのヒドンクレヴァスに落ちた他人を2年続けて見ている。アルプスの山中ではアプローチの氷河地帯の方が危ない〉など、著者のガイドとしての体験も綴られている。また、他の山で〈「ここからは一人で帰れますから」と申しでた。(中略)「馬鹿なことを言うな。クレヴァスもあるし、そんなことしたら私のガイド業も終わりだ」とガイドが大声で言い放った〉など、さまざまなガイドの姿を垣間見ることができる。
この本の帯には“ヨーロッパ・アルプスに憧れる中高年登山者への最高のガイドブック! ”とある。しかし、この書の中の体験記、役立つ情報、視点、守備範囲、文章量などから、著者の持つ卓越した能力を読み取って欲しい。著者が体力、気力に加え、人並み外れた調査力、他人とのコミュニケーション力、および運の持ち主だという事が解ると思う。
アルプス登山を視野に入れ、あくまでガイド付き登山を志すつもりで読んで欲しい。 
(今井道子)

2005年12月
東京新聞出版局刊


新居網男・監修/尾野益大・編
『剣山物語』―頂上ヒュッテ50年の歩み―

 四国の剣山頂上ヒュッテが開設50年を迎えたのを機に発行した記念誌である。内容はヒュッテの物語、剣山の物語、剣山測候所物語、資料編から成っている。
ヒュッテの物語では、初代の新居熊太が山頂にヒュッテを開設してからの50年の歩みと、その変遷が貴重な写真とともに綴られている。剣山の物語では、剣山の山名、地形と植生、登山道、山岳信仰などについて、興味あるトピックスを交え解りやすく述べられている。剣山測候所物語では、同じ山頂で山岳の気象観測を60年間続けた剣山測候所(平成13年に閉鎖)の歩みをリポートしている。資料編には、剣山に関する気象データ、山頂からの展望スケッチ、ヒュッテの年表などが添付されている。
剣山は本来山岳信仰の山であったが、山頂ヒュッテの開設にともなって観光の山へと大きく姿を変えていった。ヒュッテ50年の歩みは、同時に剣山の登山史でもある。本書は、剣山の概説書としても参考にもなるだろう。
(松家 晋)

本の問合せ=088‐623‐4533

2005年11月剣山頂上ヒュッテ刊
A5判 105n 定価


The Alpine Club・刊
『The ALPINE JOURNAL 2005』

 世界の登山情報を集めたThe Alpine Clubの機関誌。写真を眺めるだけでも楽しい。「カンチェンジュンガ初登頂50年特集」は、昨年8000b峰14座に登頂したヒンクスの報告である。
「登攀」では、Japanese Alpine Newsに刺激されチベットに入った2隊の報告やユーコンの山々、ペルー、チベット北西部、ガルワル、クーンブ、バルトロでの初登頂や初登攀を掲載している。
「旅行」には、カラコルム北西端のシムシャールからバルトロ氷河経由フーシェまで260`をスキーで37日間の初縦走や、中村保氏の未踏のベナ谷訪問とチベットの登山許可問題の真相などが掲載されている。
「アルプス」では、モンブランのイタリア側に新ルートを開いたアメリカン・アルパイン・ジャーナル編集長の登攀記事が目を引く。また、昨今の温暖化で登攀が危険になり、過去の登攀グレーディングと合致しない箇所があると警告している。
「論点」では、イタリア隊K2初登頂時の酸素使用疑惑を取り上げ、登頂者と酸素を担ぎ上げたボナッティーのしこりを浮き彫りにしている。「文芸」では、22年のエヴェレスト隊員、英国山岳会会長を務めたサマヴェル(外科医で画家でもある)や、英国の詩人ワーズワースなどが語られている。「歴史」では、ハインリッヒ・ハーラーがアイガー北壁での出会い後、宿敵から終生の友となり、昨年98歳で亡くなったヘックマイヤーの功績について記している。
登頂・登攀報告の中で岩場など難易度が各国隊独自で格付けされているので、国際的に統一された基準が欲しいと感じる。
「書評」28冊の中には、中村保著『チベットのアルプス』も紹介されている。「追悼」は日本山岳会名誉会員でもあったフォスコ・マライーニ氏の日本での功績を評価している。    (南井英弘)

Ernest Press発行
424n