会報2月号より


沢木耕太郎・著
『凍』

本書は、山野井泰史、妙子夫妻によるギャチュンカン北壁登攀の一部始終を追ったノンフィクションである。
この先鋭的なヒマラヤ登山は、登頂成功にも増して、余りにも凄絶な生還記によって強く記憶されるが、よくぞ下山できたものと、その精神力と技術には感嘆するばかりである。
単行本の出版に先立って、文芸誌『新潮』に、「百の谷、雪の嶺」と題して発表掲載された。登山を知らない一般の読者にもわかるようにと、先鋭なクライミングの細部までが、はしょることなく、実に丁寧で正確に描写されている。山を知るものが読んでも、少しも違和感や煩わしさを感じさせない文章の運びはさすがである。この点について著者は、「泰史さんは豊かな言葉を、妙子さんは正確な記憶力を持っている。私の無知が幸いして、全く省略しないで説明してもらったのがよかった」と朝日新聞で語っているが、そこまでの信頼を得る、長い時間の存在を思う。
山野井氏自らが著した先行の書『垂直の記憶』(山と溪谷社刊)もそうであったが、想像を絶する困難な登攀と生還でありながら、この二書は、読んでいて何故か爽やかな思いに包まれるのが不思議だ。今の日本ではめったに出合うことのできない、美しい生き方をしている夫妻が放つ空気なのであろう。著者沢木氏も、極限的な登山をモチーフにしていながら、氏の心はもっと奥の、2人の人間としての気品や、シンプルな生き方の美しさに深く共感していることが、本書を流れるある種の爽やかな基調音となっている。
入籍を決めた2人の、奥多摩の何も無い住いを泰史の父親が、同棲はともかく結婚するならきちんとさせねばと訪ねた際、9つ年上の妙子に会った瞬間に、「嫁」として受け入れてしまう数行の淡々としたフレーズは、涙腺の弱くなった父親世代などは、不用意に電車の中などで読まない方が無難かもしれない。  
氏の著作には珍しく、全く自分を登場させることなく、2人を描写することに徹している。過剰な形容や装飾のない、いつもの少し硬質でクールな氏の文体から、8000bの乾いた空気と、夫妻のやさしさが伝わってくる。
 しかしながら、なぜか、どこか、物足りなさを覚える一冊である。
著者は単行本化にあたって、ふたつの題名のどちらにしようか最後まで悩んだと語っているが、いずれの書名も、そして装画にも、筆者は若干の違和感を覚えた。

(小泉 弘)
2005年9月 新潮社刊
四六判 304n
定価 1680円

谷口凱夫・著
『翼を持ったお巡りさん』

昭和38年1月、北アルプス薬師岳で13人の大学生が遭難した。富山県の山岳救助隊は現地到着まで8日間を要したが、新聞社の小型ヘリは、わずか30分で現地に到着した。圧倒的な時間差に信じがたいものを感じたという。
一刻を争う遭難救助活動に、自前のヘリを欲しいと思ったが、予算の問題から、購入は見送られた。
昭和63年、富山県警はついに遭難救助用のヘリを購入。「初代つるぎ」は驚異的な成果をあげた。平成2年、剣岳一帯で豪雪による大量の遭難が発生、新たなヘリ購入の機運が出た。平成8年、ようやく山岳専用のヘリ「二代目つるぎ=KU」の導入がかなった。
 遭難救助用のヘリは、3000bの高度において、急斜面や谷底でのホバリングを必要とし、羽下の状態が悪いと機体は安定しない。操縦桿を握るパイロットと、ハッチからザイルで下降する救助隊との意気投合が必要になる。救助を待つ遭難者をどのように救助するか、時間との闘いである。着地に必要な平地を確保するため、指令が出ると邪魔な木を切る作業に取りかかる。許可は後回しである。本書からは、その意気込みが伝わってくる。
 本書は富山県警察航空隊の活動とヘリ救助の実際を網羅した「バイブル」的内容にしたと著者が語っているように、ユニークな価値ある1冊である。  (林 栄二)
                              
2005年7月刊 山と渓谷社刊
四六判 256n
定価 1680円

松浦隆康・著
『静かなる尾根歩き ― 奥多摩から八ヶ岳まで100コース』

「新ハイ」の名で親しまれている新ハイキング社から、選書26巻として、ややユニークなガイドブックが出版された。
55年の実績と日本最大級の規模を持つ新ハイキング社のガイド記事は、その最新性と正確さで定評がある。著者の松浦氏はその常連執筆者のひとりである。
本書のユニークな点は、ルートをハイカーとしてはビギナーを卒業した中級者向けバリエーションに絞って紹介していることである。地域的には、奥多摩から八ヶ岳までの関東周辺の日帰りコース100を選んでいるが、サブコースを含めると約140になっている。
選ばれたコースは著者独自の開拓によるもので、文字通り「静かなる尾根歩き」であり、一般コースにはない自然を楽しめる。
すべての記事の形式は、新ハイの投稿規程そのままが採用され、最新の踏査に基づき、略図、写真、資料(グレード区分、コースタイム、問い合わせ先、交通など)で構成されている。巻末には山名索引があり、懇切、丁寧に記され、安心して未知なる自然を存分に楽しめるものとなっている。
著者のガイドとしての指針は、1に正確、2に明確、3にアピール性にあるとしている。自信をもって、ハイカーの座右の書としておすすめできるものと思う。
      (小倉 厚)

2005年12月 新ハイキング社刊
A5判 288n
定価 1680円

John HarlinV ・編
『The American Alpine Journal 2005』


アメリカ山岳会の機関誌。登山報告など14編、登攀・遠征、図書紹介、追悼、山岳会活動報告で構成されている。
垂直の岩壁に取り付く登山者の写真が表紙を飾り、文中の写真はこれでもかこれでもかと登攀意欲をかきたてる。登山愛好家にとってはぜひ、手にとってみたい。
巻頭は文明から隔絶され、クライマーしか入り込まない岩壁の下や難ルートに放置された残飯や空き缶などの山岳汚染問題を具体的に提起している。
登山報告にはパキスタン・バルトロ氷河のグレート・トランゴ、K7、ナンガ・パルバット、ネパールのジャヌー、ケニヤ、スコットランドそしてアメリカのアラスカ、ヨセミテ、コロラドなどの登攀記を掲載。なかでも6月にチャラクサ氷河域に入り、20年前に東大隊が40日をかけて初登頂したK7に、アルパイン・スタイルで東大ルートを4日間で第2登するなど同氷河周辺の山々を登り、8月にはナンガ・パルバットに移動してルパール壁や10`におよぶ稜線上のピーク縦走を行ったアメリカ隊の長期にわたる多彩な山行が目をひく。また、75年前にグレポンに女性たちだけで登頂した以降の「女性たちだけの登山」を採り上げ、現在活躍中の20数人の各国の女性登山家たちから得た情報を盛り込み、男気無しの登山の利点や将来性について述べている。
ヒマラヤ関係では日本山岳会の『Japanese Alpine News』からの引用も多く見られるが、309nにわたって世界の最新登山情報を収集した編集者の尽力に敬意を表すると共に山岳情報誌として大いに評価したい。
機関誌としては珍しく「索引」がある。この1冊に出てくる山名と人名が10nで2列あり。読者の便宜を図りながら、いかに多くの情報が記載されているかを示している。     (南井英弘)

2005年10月
American Alpine Club刊
496n
$35.00