会報8月号より


梅棹忠夫、山本紀夫・編
『山の世界』

 本書は雑誌『科学』の特集記事として「山の現在」という題材で掲載されたものを、全面的に加筆修正・執筆者の追加をして出版したものである。最近の登山人口は急増しているが、その中心は中高年者であり、かつてのように若者が独占するスポーツではなくなって久しい。そうしたことから現在の山として何が問われるのかをあらゆる方面からとりあげている。
 約30余名の有名登山家による執筆集で、中高年登山の現況と行方(斎藤惇生)、エヴェレスト登頂から50年(江本嘉伸)など序章では「今山で何がおきているか」をテーマに論じており、山の環境、山の暮らしと文化、山の危険と保護などを収録している。大衆化された現代登山の行為に対して、各方面から追求した書として一見の価値がある。特に「チベット・ヒマラヤが決める地球の気候」(安成哲三)や「水資源としての山」(中尾正義)など山そのものより山を通しての環境問題を取り上げている部分や、「山岳文明の生んだアンデス農業とそのジレンマ」(山本紀夫)や「山間地域の集落と過疎化の問題」(藤田佳久)など現代の持つ問題点を鋭く追及している。
 そして、なにが若者の山ばなれにしているのかの疑問を明らかにすることが本書であり、山について多角的にのべた日本で最初の書であるとしている。そして登山をとおして生態学から民俗学へ、さらに比較文明学へと進んだ著者、あまた研究仲間も登山から野外科学の道にすすんだ後輩達、そうしたことから「山ばなれ」が「科学ばなれ」につながるという危惧をもち、広く山への関心を深めることを喚起している書である。

(林 栄二)

 2004年7月刊 岩波書店 A5版344ページ 3150円

中村 保・著
『チベットのアルプス』

 本書は『ヒマラヤの東』『深い侵食の国に』に次ぐ三部作の完結編であり、グレート・ヒマラヤの東、中国・南西辺境踏査の記録ばかりでなく、著者がこれまで研究してきた、この地域に関する探検・民族・宗教・地勢等を集大成した貴重な書といえる。
 東チベット・雲南・四川・青海の無数の知られざる山々に未踏査の領域を求め、還暦に近づいてから古希に至るまでの14年間・26回にわたり、行き着けるかどうかわからない未知の辺境に足を踏み入れ、世界に新しい情報を発信し続けた著者のフロンティア・スピリッツには全く頭が下がる。
 文中「机上の計画はラサに到着した日に早くも変わることになる。旅の途中でも次々と変更を余儀なくされる。が、[ヴェールに包まれている未踏の山々の写真を撮る]という命題だけには頑なにこだわった・・・」とあるが、全く同感で、私の4回のチベット旅行においても計画通りに行えたことは1回もなく、常に変更を強いられた。目的を絞り込み、困難を乗り越え強い意志でこれを貫いたからこそ日本山岳会第六回秩父宮記念山岳賞の栄誉に輝いた由縁であると思われる。
 また、どう猛なチベット犬に追いかけられたり、車が動かなくなったり、ガイド・運転手・馬方に行くのを渋られたり・・・ということが日常茶飯事の辺境で、ただ一人早朝暗いうちに起き、写真撮影に歩いて行く・・・まさに「パイオニア・ワーク」に命をかけた14年間であったといえる。
天候劣悪な中国南西辺境でこれ程の素晴らしい写真の撮影に成功したのは間違いなく晴れ男であり、読み進むにつれ著者の深い洞察力・分析力・地図判断力・語学力などに圧倒されるばかりである。

(田尻 一實)

2005年3月 山と溪谷社発行 381ページ 3200円