会報5月号より


『チャンタンの蒼い空』
日本山岳会関西支部 西チベット学術登山隊2004全記録

 日本山岳会100周年記念事業・関西支部70周年記念事業として、雪峰と岩峰の2つの初登頂及び河口慧海の足跡調査を行い、写真地図多数入りで216貢にまとめた報告書が上梓された。若い隊員のレポートや、その後発見された慧海の日記に関し高山龍三の越境ルート問題の解明文もあり、謎解きの面白さもある。その他、探検史の概略など多岐にわたる報告は興味深い。

◆入手希望者は、郵便振込みにて、2400円を(1冊2000円と送料400円)送金願います。
口座番号: 00930―6―55950
加入者名: 日本山岳会関西支部
◆問合せ:新井浩( 0798-49-1776)  araiaack@paiia.renai.gr.jp.


『素晴らしき幸運な登攀』
京極紘一・著

 北海道は多岐にわたる登山興隆の地である。本州と海で隔てられているが故に、独自の発展の歴史があり、道内のクライマーたちは特徴的な登山活動をしている。本州の脊梁山脈に標高こそ及ばないが、豪雪、強風、堅い氷とスケールの大きな岩壁に恵まれている。
本書は、その中で育った優れたクライマーである著者(本会会員)の1965年から79年までの厳しい登攀活動が詳細に語られている。
 当時の積雪期を含む初登記録は、冒険的かつエキサイティングで、20年後の現在でも色あせない。
 海外登山については、66年と74年の夏のカフカズでの精力的な登攀活動が回想をまじえて収録されているが、同氏のミニヤコンガはじめ、ネパール、ブータン、カラコルムなどの豊富な遠征体験についても発表して欲しいものだ。
 著者は、登山を生涯学習のテーマとして、60歳を超えた現在もアルパイン・クライミングを続けている。後に続く道内のクライマーのためにも、良き手本を示して欲しい。       (松沢 節夫) 
       
  2004年9月 私家版 277n 1429円 
  札幌市内の書店、秀岳荘、茗渓堂で取扱い


『山がくれた百のよろこび』
山と溪谷社・編  
  
各界の著名人137人がそれぞれの山への想いを綴った本。 
 歓喜はそれ以前の苦労や鬱屈、また哀しみの大きさに比例する。だから、どこかで見たような健康第一主義の題名の付け方で「よろ
こび」だけを強調されるといかにも照れくさい。執筆者の中には「よろこび」でくくられてはかなわないと思っている方々もいることだろうと思う。
 名の知られた人たちの執筆によるとはいえ、この手の本の常として、中には玉もあれば石もある。 
 山の話の基本は苦労話、すなわち自慢話である。どこそこへ登ったこと、どこそこで死にそこなったこと、などなど。普通なら石でしかない身の上話も文章に才能や技術があれば磨かれて玉になることがある。この本の中にもある。それだけでもこの本を買う価値はある。ここで私の思うそれらを挙げるのは書評ならぬ図書紹介の場ではルール違反だろう。各人がそれを吟味するのも楽しみのうちだ。文庫サイズだと山への車中やテントでの無聊を紛らわすのにはもってこいなのだが、携行するには大き過ぎるのが残念だ。岳人の枕頭に置いて、夜中に目が覚めた時にでも拾い読みするには最適である。  
 
(長沢 洋)

 2004年4月 山と溪谷社
 447n 1800円

『夫婦登山ことはじめ』岡田汪(ひろし)・著
  ――袴で登った剱岳――

 服装といえば、当時の女学生がはく袴の裾をしぼり、足ごしらえは足袋を二重に重ねてワラジをつけ、その上にカンジキを紐でくくりつけるという出で立ちであった。さらに手にはトビ口をつけた金剛杖、雨が降ればゴザを巻きつけて登るというような時代であったが、約3週間、竹内ヒサと、夫鳳次郎は、数人のガイド、ポーターを伴って大町から入山し、針の木峠を越えて黒部川を渡り、長次郎の雪渓を登って、女性初の剱岳の登頂に成功した。
大正9年(1920)の夏、鳳次郎35歳、ヒサ22歳、勿論きちんとした山小屋などあるわけがなく、テント持参であった。鳳次郎は欧州航路の高級船員で、西欧の文化に通じており、内地での休暇には、何時も夫妻で長期間登山や旅行を行っていたが、当時はまだ女性の地位は低く、宗教的なタブーも多い中での夫婦登山であった。
 この『女子剱岳登山記』のほか『鹿島槍から針の木へ』、『風雨の北岳』など夫婦の登攀記を『夫婦登山ことはじめ』と題して、ヒサの兄、要之助の子、岡田汪が1冊の本に纏め上げた。要之助は日本山岳会の古い会員(606番)でもあった。
 山崎安治著『日本登山史・新稿』には、竹内いさとその夫が大正9年(1920)剱岳に初登頂したと記されていたので、本書の著者は、いさと誤記されていたヒサの名前の誤りを正すことが、出版の目的の一つであったと記している。なお鳳次郎の手記が、木暮理太郎会長の目にとまって『女子剱岳登山記』として『山岳』第15年第3号に掲載されたが、ここでも妻としているのみで、ヒサの名はみられなかった。
 そこで著者は、縁者を動員して、夫妻の遺品を調べたところ、ノートに書かれていたヒサの登山記や鳳次郎の手記も見つかった。その上貴重な往時のフィルムも残存していたので、本書には、山での鮮明なスナップ写真が数多く散りばめられている。これらの写真にみ
られるヒサは、いつも、かなり心に余裕をもって、山行を楽しんで
いたように見うけられる。
 山行の記録は、職業柄か、登山記録に時間が詳細に記述されており、当時を知る上でも、大変参考になる。細かい数字までとりあげた著者の努力を多としたい。 現在私は百年史の女性登山史の部門を担当している。その意味でも、本書は貴重な資料となるであろう。

(児玉 俊子)

2004年10月発行 201n 頒価2500円 私家版
(希望者は 〒203‐0021 東久留米市学園町2‐15‐19 岡田汪宛)


『カラコルム・ヒマラヤに魅せられて』
井上重治・著

膨大な内容に驚いた。@カラコルム・トレッキングAカラコルムをめぐる物語Bカラコルムの自然の3部構成となっている。トレッキングは、92年から98年までの7回、パスー、チャラクサナンガ・パルバットなどを訪れた内容が克明に報告されている。物語は豊富な内容だ。その中にあっても圧巻は、「空中散歩」と題された空撮されたカラコルムの山々の同定が30枚にわたって紹介されている事だ。その作業は根気なくしてはできない。また、北杜夫の「白きたおやかな峰」で有名になったディラン峰の上部で日本人に拾われたピッケルの持ち主を探し、遂にイギリス在住のその家族に返還した物語には著者の凄まじいまでの執念を感じる。自然については、氷河、植物、花、芳香植物、キノコ、動物に及んでいるが、中でも10年間の観察を紹介した「パス―氷河の不思議な動き」は貴重な資料だ。
60歳で迎えた定年後、山岳写真と短歌を学び、65歳で日本菌学会にてキノコ採取の準備を行った。そして、625貢の本書に盛られている内容のすべてが、定年を迎えた後に通ったカラコルムの現場から得たもので綴られていることに驚愕し、ナチュラリストの著者に敬意を表したい。

(山森 欣一) 
           
2004年4月 遊人工房 
635n 9041円

『アンデス登攀記(上、下)』
ウィンパー・著/大貫良夫・訳

ウィンパーは『アルプス登攀記』の著者であり、マッターホルンの初登頂者としてあまりに有名であるが、本著はエクアドル・アンデスに、それに勝るとも劣らない業績を残したことと、精力的で卓越した登山家であったことを、あらためて教えてくれる。ウィンパーは1879年から80年にかけて、7ヵ月間、エクアドルに滞在した。その間、一行はチンボラソ(6310b)、カヤンベ(5790b)、アンティサーナ(5758b)など8つの未踏峰のほか、コトパクシ(5897b)、ピチンチャ(4794b)など数山を登頂しており、本著では登山の模様がリアルに描かれている。中でも特筆されるのは、1820年代まで世界最高峰とされていたチンボラソの南西稜からなされた初登頂であろう。半年後にはさらに北西稜から第2登を果たしている。第2登は、「山頂の気圧を繰り返し測定し、検証するためである」と記されているが、実際は初登頂を疑問視する向きに対する反論という意味があったようである山頂では、気圧や体温の測定に時間を費やし、真摯な科学者魂を発揮している。このように、登頂意欲とともに、随所で発揮される好奇心の対象は気象学、地理学、歴史民俗学、昆虫学、鉱物学から高山病などの生理学までおよんで、とどまることを知らず、詳細な観察に基づいた報告がなされている。また、画家という本職を思い起こさせる挿絵が多く挿入されており、理解を助、目を楽しませてくれる。これらは、ウィンパーが科学が細分化されるより以前の時代の落とし子であったことを示している。19世紀の、交通事情の悪い土地での、雇用したインディオの逃亡や追いはぎ騒動に遭遇しながらの周遊には多大な困難を伴っていたことと思われる。しかし、本著では、『アルプス登攀記』にみられる冷笑的なトーンは影を潜め、温かみのあるユーモラスな表現が随所に見られ、人格的な成熟を示唆するとともに、困難さを楽しんでいたようにさえ感じさせる。「辛かったことは忘れた。遂行し終えた計画は、いまだ実現していない夢に比べれば、小さなものとしか思えない」という締めくくりの言葉は、この知的な巨人の、不屈の探究心を示しているようである。現在でもエクアドルは邦人にはなじみ深い国とはいえないが、6000m前後の山へのアプローチが良いことから、欧米人には高所ト
レーニングの山域として評価が高い。「Climbing & Hiking in Ecuador」(Rachowiecki他著、Bradt社)、「Guide to the Worlds Mountains」(Kelsey著、Kelsey社)を併読すると、エクアドルの山への興味が、一層かきたてられることだろう。    

(野口 いづみ) 
    
上巻 2004年9月、下巻2005年1月 岩波書店発行
 文庫版 上巻305n 800円、下巻291n 700円