会報12月号より



The Alpine Club・刊
『The Alpine Journal 2003』
The American Alpine Club・刊
『The American Alpine Journal 2003』

英国と米国の代表的な山岳会の機関誌であるが、内容的には世界の登山情報を網羅した山岳情報誌といえよう。
エヴェレスト初登頂50年目のAJ(The Alpine Journal )にはエヴェレストにちなんだ記事が多い。遠征初期のエピソード、等高線5b間隔で5千分の1の地図の紹介、戦前のエヴェレスト隊最後の生存者・ピーター・ロイド元AC(The Alpine Club)会長や、24年隊に参加し、35年ドイツ・ナンガパルバット隊遭難時に唯一生還したシェルパのアンツェリンの追悼などがある。また、100年前のAJの抜粋や1870年代の中央アジアの記事は往時を偲ばせてくれる。
AAJ(The American Alpine Journal)の巻頭言で編集長は、チベットの未開地域に入るため資料を探していた時に、JAC中村保氏の『ヒマラヤの東』に出会い大変な衝撃を受けた。記事を読むうちに心が煽られ、すぐ現地に赴いたと述べている。AAJとしては前例のない30ページをこの「ヒマラヤの東」に費やし、中村氏の25回目までの探検行と写真を掲載している。
AJもまた、中村氏の「チベットのアルプス 第2部」に多くのページを割いている。いずれも魅力的な写真と内容が岳人たちの目を惹くことだろう。
そのほかの共通点として、世界各地を地域別に区分した当年の登攀情報が充実しており貴重だ。
AJの「高山病と対処」では高所順応へのヒント、肺水腫、脳浮腫への対応とダイアモックス、デキサメサゾンの効果的服用などを記している。
AAJでは02年9月に世界各地の山岳団体代表とトップクライマーがチロルで実施した国際登山者会議の意義を解説し、チロル宣言の全文を掲載している。
両書とも小さな字でびっしりと書かれているが、AAJは記事のなかに関連写真が組み込まれており読みやすい。また氷壁、岩壁の登攀、スキー、スノーボードでの下降の写真なども多く、見るだけでも楽しめる。
100年前にACをモデルに発足した我が日本山岳会であるが、機関誌の充実度の違いを痛感した。
(南井 英弘)

AJ 288ページ AAJ 495ページ


Ezan Wilson・編
『The Journal of the MOUNTAIN CLUB of SOUTH AFRICA』
Number 105 for the year 2002

1891年に創立された南アフリカ山岳会の機関誌である。
巻頭、アフリカ、海外、一般情報、登攀ルート、追悼、本部、各支部の年間報告に大別され、見開きのページに初心を忘れないよう当山岳会の目的を掲載している。
2002年の国際山岳年を記念して多々催しをしている。なかでも9月14日から24日までを「People on Peaks」と定めて広大な南アの山々にたくさんの会員が登ったことが報告され、海外在住会員の登山として、日本で富士山に登頂したことも記されている。
南ア国9州のなかでいまだに最高峰の高さが確定していない山もあり、GPSを利用して各州の最高峰の標高を精査したり、しっかりした地図がないので本峰に登り損ねたとか、あるいは吹雪にあって深雪に悩まされたといった話題もある。
日本の面積の3・5倍を有する国土には断崖状の岩壁や鋭峰がたくさんあり、岩登りの場を提供している。登攀ルート欄を含めてロック・クライミング愛好者には興味をかき立てる写真も多い。
遠征欄では会員が世界に羽ばたいていることがうかがえる。なかでもカラコルムのスノーレーク、アンナプルナ内院、若者によるアルプスの旅は目を惹く。
毒蛇の話、高山植物、昆虫の新生態の発見など南アならではの話もおもしろい。機関誌は基本的に英文だが、2点は残念ながら紹介者の手に負えない言語であった。
上記した機関誌本体とともに78ページの立派な索引集(1979年から2000年分まで)が付いており、山名、山域、人名、地図名などから既刊誌を探すのに便利だ。1891年の創刊号以来すでに2巻の索引集が刊行されており、今回は3巻目である。
(南井 英弘)

The Mountain Club of South Africa ( Cape Town Section)
2003年刊 199ページ


高橋千劔破・著
『名山の日本史』

岩木山から雲仙岳まで四十名山の歴史と文化を探索した労作。近代登山の開幕以前から日本人は山登りが大好きだった。その背景には自然崇拝があるが、信仰登山といえども冒険、体育、遊戯の動機が横溢している。そして名山にはほぼ例外なく名刹があり、山頂から山麓まで堂塔伽藍と無数の坊が建ち並び、祭天の古俗たる神道を巧みに融合した絢爛たる仏教文化が花開いていた。それは日本の登山の原風景といってよい。
これを破壊し尽くしたのが日本文化史上最大最悪の愚行、明治初年の廃仏毀釈だった。それによって膨大な文化遺産が失われたばかりか、山の人文風景も白紙化された。今見る名山の風景はたかだか100年ほど前からのものなのだ。
著者は一山一山、考古学資料から近世文献まで徹底して史料にあたり、伝説(多種多様、同系の分枝・改変、他山への転移)を調べ尽くし、歴史ジャーナリストの長いキャリアと少年期から続く山への憧憬がみごとに結合した、前代未聞の山の本を書き上げた。
(平井 吉夫)

2004年3月 河出書房新社発行 478ページ 2600円


斎藤一男・著
『山の文化とともに』

あえて著者は「登山の文化」でなく「山の文化」を語る。もちろん登山も含むが、もっと広範な山岳自体と人との係わりをテーマとしている。
山はもっとも天に近く、山こそ神のいます霊場とする意識は、日本ばかりでなく古代から人類の意識にあった。
日本では山岳信仰を基盤とした修験道や江戸期に発展した富士講、古くは奈良期以来の風土記のなかで山は人から眺められているし、火山国日本の特長として名山高岳から湧出する豊かな温泉では多くの庶民が楽しんでいる。
日本山岳会発足を中心として起こる近代アルピニズムの発展と変遷は著者のもっとも得意とする分野だが、ここでも新しい資料で補強されてしっかりとした登山史となっている。スポーツ・クライミングに1章を加えたのは、著者ならではの配慮だ。
「日本百名山」をはじめ、「××百山」と多くの名山が数量でしかとらえられない風潮に心を痛めている昨今。かみしめて読ませていただいた。  
(國見 利夫)

2004年3月 アテネ書房発行 441ページ 4200円


南会津山の会・編
『続 いろりばた』

『いろりばた』は南会津山の会の会誌名である。この会誌は必ずしも定期的に刊行されていたとは思われないが、かつては東京でも山の書籍を扱っている店頭でよく見かけることがあり、その内容の特異さに魅せられたものである。
昭和47(1972)年に、これら既刊の会誌のなかから精選したすぐれた文や写真がB5判変形の同名のみごとな単行本になって刊行された。当時、一地方の山岳会の会誌をまとめた本としては内容、造本ともに典雅なできばえで、その刊行が高く評価され続刊が望まれていた。
今回三十有余年ぶりに待望のその続編が刊行された。この『続 いろりばた』は一部の修整を除いて、正・続編という一体性から、基本的には前著を踏襲する形式になっている。主として前著以後に発行された会誌から精選した四十余篇の文と写真が収録されている。
そこにははげしい登攀の記録はない。南会津の歴史と生活の息づくなかでの静かな山や沢歩き、峠越え、山村民俗との出会いなどが淡々と記されている。すでに失われていった風景や民俗もあろうが、綴られている地味で飾らない文章からは南会津の美しい風土や生活が映像詩のように伝わってくる。
南会津山の会には、故望月達夫氏も在籍され、静かな山や峠を愛し、会誌にもよく寄稿されていた。山田哲郎氏によると、望月氏編集による前著が今回の『続 いろりばた』誕生の動機となったとその経過を記している。巻末に添えられた会員の望月氏を偲ぶ1章は、その面影をよく伝えるとともに、よき追悼となっている。
本書は企画者、編集者、出版社が連携して生み出したまことにさわやかな書で、読者に炉端山話の限りない楽しみを与えてくれるのである。     
(松家 晋)

2004年3月 茗溪堂発行 330ページ 3000円


山野井泰史・著
『垂直の記憶岩と雪の7章』

日本人としてただひとり、世界に通用するアルパイン・クライマー・山野井泰史の自伝。1992年、26歳でのブロード・ピーク登頂から2002年にギャチュンカン北壁から辛くも生還するまでのヒマラヤ登攀7編をまとめたもの。著者のクライミングは、周到なルート研究と己に厳しいトレーニングを果たした努力の結果である。その「自己の限界」が「現代のクライミングの限界」に重なることになった。
命をすり減らしながら生きのびた記録として貴重であるばかりでなく、そのような登攀での心の動きを正直に綴っていて感動的で、著者の強い精神力を感じさせる。明解な文章で描かれた登攀シーンは臨場感あふれ、エキサイティングだ。
緊張するヒマラヤ・クライミングの章の間に[コラム]が挿入されていて、奥多摩での質素な生活、少年時代の思い出が語られるなかに「ひとりのときは今までケガをしたことがない。国内を含めてケガをするのは妙子と一緒のときが多いのだ。(中略)僕はどこかで気にかけすぎ、守ってやろうという気持が大きくなりすぎているように思える。確かにいつもの集中力とどこか違う。(中略)本当に困難なクライミングを追及するときはひとりで登った方が安全で、生きて帰れる可能性が大きくなると思う」と、ソロ・クライマーの本音を語っている。生死を分けるクライミングの最中に、妙子夫人は並はずれた力や予知能力を発揮するクライマーであるという。
すぐれた登攀者の新しい表現者の登場だ。続編を期待したい。
(松沢 節夫)

2004年4月 山と溪谷社刋 244ページ 1500円



徳久球雄、石井光造、武内正・編
『三省堂 日本山名事典』

1978年、同じ出版者から『コンサイス日本山名辞典』が出ている。今回の出版はそのコンセプトを受け継ぎながら「山名は地域文化の宝」とし、「山名由来」などの小論を加えて新しく編集したゆえに、あえて辞典ではなく、事典と称することにした由。「多くの方々が日本の山と親しみ、山を理解することに役立つことを願って編纂した」とも巻頭にある。
内容は2万5千図に載るすべての山と峠、さらに山脈や高原、登山の対象となるピークなど2万5千項目を収録し、山や峠には標高、異称、経度・緯度、地形図名などを明示する。「山名考」としてくくられたなかには前記「山名由来」のほかに「アイヌ語源の山」「雪形の山」「同名の山」「十二支の山」など。漢字山峠名を画数順に配列した索引が付く。
なお、こうした事典の類いは実際に使う者それぞれにより、あるいは使う目的によって評価が異なることは言を俟たない。これを手にしたとき、私はまず長年親しんだ奥多摩、奥秩父の山々の項に目を通してみたが、少し説明が足りないのではないかと思う箇所もあった。しかし横山という山が全国にどのくらいあるのかと興味をもったときには、この事典で手っ取り早く数えて重宝したのだから、事典の満足不満足を一概にいうことは難しい。
(横山 厚夫)

2004年5月 三省堂発行
1213ページ 5300円