会報9月号より


George Band・著
『Everest---50years on top of the world』

 登頂50周年を記念して刊行されたエヴェレスト基金の公式登山記録と銘打った写真文集である。著者は53年の遠征に最年少の23歳で参加して、その後のカンチェンジュンガ初登頂を含め、アルパインクラブ、王立地理協会の会長を歴任するなどの息の長い登山家である。
1921年の初偵察から初登頂に至るまでの各隊の功績をたたえつつ登山史を詳述している。各ページごとに散りばめられた写真やスケッチは未発表のものが多数あるとのこと、渡渉を終えたマロリーの全裸姿など興味深いものも多い。初登頂とその後の内外の消息には多くのページがあてられている。第8章は、新ルートからの登頂、田部井淳子氏、三浦雄一郎氏、スノーボード滑降や商業的遠征、3国交差縦走などを網羅している。
最後にシェルパ族への賛辞で締めくくっていて、英国版エヴェレストものの一般向け読みものとしてすぐれた著作であろう。
(松沢 節夫)
2003年 Harper Collins, London 256ページ 20ポンド



Edwin Bernbaum・著
『Sacred Mountains of the World』

 著者は南米やネパールでアンデスやヒマラヤの雪山に登った登山家でもあるが、聖山の俗界を超えた別世界や、自然とともにあった伝統的な信仰を総合して、宗教学の研究に入り、シラキウズ大、コロラド大で哲学、宗教の学位を得た後、スミソニアン山岳研究所の上級研究員を勤めている。
本書は、出版と同時に、合衆国内でノンフィクション最高作の金賞を受け、ヒラリー卿からも、アドベンチャー、異文化、霊感の面から大変魅力的と評されている。
前篇の11章は聖山の各論で、カイラス、マチャプチャレ、ムスターグアタ、アムネマチン、マチュピチュはじめ、シナイ山やオリンポス等が採り上げられているが、第4章「日本・御来光の山々」では高野山に始まる修験道の山々や、富士山の開山や講登山があげられ、自身で奥の院を訪れたり、富士山頂での清々しい御来光に接した模様などを伝えている。精神面では、空海の「聾瞽指掃」や、道元禅師の「正法眼蔵」中「山水経」の本質的な一節を引用し、文学、芸術面では、万葉、古今の歌や芭蕉の俳諧、曼荼羅や北斎の版画に触れ、日本人のもののあわれ、わび、さび等日本の自然に培われた情緒、直感力の豊かさに言及している。
後篇は「聖山の象徴性」「文学、芸術における聖山」「山岳の霊的次元」「山岳の野生と人生」の4章から成り、伝統的な神話、風習、歴史とともに、山岳の文化と精神に基づく自然の解釈ならびに保全をうたった内容は、アート紙の100枚を超す迫力あるカラー写真とともに感動的である。
(中村 純二)

 1997年9月University of California Press , Berkeley 291ページ
 



ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ・著翻訳委員会・訳
『ラダック懐かしい未来』
ANCIENT FUTURES LEARNING FROM LADAKH 1991

 「押し寄せる近代化と開発の波のなかでヒマラヤの辺境はどこへ向かうのか、ラダックに学ぶ環境と地域社会の未来」世界40か国で翻訳された話題の書、と帯にある。
カシミールは47年以後、印パの紛争の地、62年アクサイ・チンの中国占領、停戦ラインに沿って軍事戦略上重要地域となった。ヘレナはスウェーデンの言語人類学者、75年ラダックに入り、ラダック語=英語の辞書を作る。その後もISECーエコと文化国際協力英国代表として住民活動を支援、賞を受ける。
本書はダライ・ラマの「日本語版に寄せて」と序から始まる。私たちの惑星の生態系が脅かされている懸念に私も同意するし、開発の問題に対し代替的な解決策を促進する仕事に敬意を覚える。「伝統社会の人々は思いやりと足ることを知り、精神的に成長したところがあり、皆が見習うべきことであろう」と述べている。
本文はプロローグ・ラダックに学ぶ、第1部・伝統、第2部・変化、第3部・ラダックに学ぶ、エピローグ・懐かしい未来へ、その後、読書案内、訳者あとがきは「つつましくも豊かな暮らし、近代化と開発の嵐のなか、自ら未来を創りだそうとする人々の記録です」という。今日の日本にも通じる切実な問題である。
(三沢 一三)

2003年7月 山と溪谷社刊 262ページ 1600円



矢原徹一・監修
『レッドデータプランツ』

 絶滅危惧植物図鑑である。植物写真家である永田芳男氏の美しい生態写真で841種が紹介されている。今までに見たことも無いような珍奇な植物も登場している。本文は各種植物の専門の研究者43名による〈植物解説〉と、撮影時のエピソードや植物の現状をリアルに報告した〈撮影記〉の2本立てになっている。
 監修者は巻頭に「本書は、これらの絶滅危惧植物を絶滅の危機から救いだし、私たち日本人の子孫に末永く伝えていきたいという思いを込めて編集された。本書の刊行により、絶滅危惧植物への関心がさらに高まり、その保護に向けた取り組みが発展することを心から祈りたい」と書いている。
最終氷期に、北米やヨーロッパでは氷河で覆われ、多くの植物が絶滅した。日本ではそのようなことがなかったため、多様性のある植物相が形づくられ、7千種程の植物が自生している。しかも4割が日本の固有種ある。しかし、現状は25種が絶滅し、1665種が絶滅危惧種としてリストアップされている。じつに日本の植物の24%にあたる。
土地開発による環境破壊、園芸を目的とした採取・盗掘、公害等の環境自体の劣化が圧迫要因である。この様な絶滅危惧種を知り、どのような対策を取ったら良いか考え行動することが重要である。種を絶滅に追いやる環境は、やがて人という種を絶滅においやる環境である。    
(舟根 章)

2003年12月15日 山と渓谷社発行 720ページ 4200円



同志社大学チベット・ヤルツァンポ河源流域学術登山隊・著
『カキュ・カンリKaqur-Kangri 6859m』初登頂の記録

 伝統ある同志社大学がまた新たなページを自らのクロニクルに書き加えた。巻頭言にある通り、同志社はチベットにおける登山のフロンティア・スピリットの真髄ともいえる行動を世界の登山界に発信し続けている。カキュ・カンリ初登頂の記録は日本山岳会の英文ジャーナル『Japanese Alpine News Vol. 3 May 2003』で紹介し、海外からの反応は活発で評価は高い。多くの未踏の山が残されているこの山域はパイオニアワークを目指す登山家にとって垂涎のフィールドであろう。
本書は1997年の偵察、1998年の第1次学術登山隊、2002年の第2次学術登山隊の軌跡と成果を集大成した大部の報告書である。1.計画と経緯 2.登山編 3.学術編 4.随想 5.追悼 6.資料編から構成されている。充実した内容で、カラー写真もぜいたくに32ページをさいている。ヤルツァンポ源流域に興味をもつ人たちにとっては必読の記録である。最後にひとつ、「ゼロ・エミッション登山」のエミッションは産業排出物に使う言葉で登山には馴染まない。
(中村 保)

2003年9月、信濃毎日新聞社刊、237ページ



京都一中山岳部史編纂委員会・編
『行手は北山その彼方』

 府立京都第一中学校の山岳部創立は慶応義塾と同じ大正4年、中学山岳部では東京高等師範付属に次ぐ全国2番目である。当初は教員引率による中部山岳登山という学校主導の行事であったが、4年生の今西錦司、西堀栄三郎らが市内を流れる鴨川の橋から地図を照合して「山城30山」の遥か彼方に登山の対象となる「北山」を発見する。「自分たちで登る」部員主体の山行の始まりである。山仕事の道はあっても三角点に至る道はなく、「ジャンジャン」と称する藪こぎで頂上に達するのは測量部以来という近代アルピニズムの黎明期であった。
三高に進学した今西らは山岳部を設立、三高山岳部は発足2年で北岳の積雪期初登頂をなす。その伝統はAACK(京大学士山岳会)に受け継がれて戦後のヒマラヤ登山興隆の一翼を担うが、その実力は一中山岳部時代の北山登山で培われたわけだ。「北山からヒマラヤへ」といわれる所以である。
その一中山岳部のOBが集まって「北山の会」が発足、「北山の彼方」にロマンを求めた「崑崙の夢」が2000年に実現した。座談会のなかで、川喜田二郎がいみじくも語るように山岳部創立以来85年の部史をまとめたのが本書である。登山史関係の貴重な文献として本書の輝きは眩い。
(川見 博美)

2003年12月 北山の会発行 292ページ 2800円
購入は「京都一中山岳部史編纂委員会」郵便振替口座番号0950―2―249346



上田茂春・編
『烏山房蔵 山岳遭難関係文献、及び岳人の追悼・遺稿文献目録』

 驚くべき仕事である。山書の蒐集家、装丁家として定評があり、『山の限定本』などの著書もある上田茂春氏が、氏の所蔵する文献のなかから『山岳遭難、追悼・遺稿』を目録化したもの。
採録された関係文献は『青森 
雪中行軍の歌』(明治35年)から『マナスル(8163m)―登山(登頂と遭難)仮レポート』(2001年)までの第1集と、『R・C・C報告4』(昭和6年)から『針葉樹会報第98号―望月達夫氏追悼特集』(2003年)まで891件。
これらが、発行年月日順に書名、副題、編集者名、発行年月日、発行所、判型、ページ数、製本状態、発行部数、頒価を記載し、さらに文献に記載されている氏名、年齢、事故年月日、場所、原因などについても摘記されているのである。また、採録した「書名索引」「人名索引」と「第5聯隊雪中行軍遭難死亡者氏名」も掲載されている。
編者もことわっているように、日本で発行された遭難・追悼遺稿のすべてが網羅されているわけではない。あくまでも編者の所蔵する文献に限定されており、さらにJACの機関紙誌、山と渓谷、岳人など商業雑誌からは採録していない。
とはいえ、このような貴重な内容の目録が一個人の力によってまとめられたことは「山岳界」にとっては大変有意義なことである。わたしたちにとって残念なことは、発行部数が限定35部であることである。
日本の山岳界がひとつとなって、編者の功績を称え本書を基に、この分野の総覧的な文献目録がまとまることを期待してやまない。
(山森 欣一)

2003年12月 烏山房発行 234ページ+64ページ(非売品)



『BERG 2004』
Alpenvereinsjahrbuch Zeitschrift Band 128

 ドイツ山岳会とオーストリア山岳会に北イタリアの南チロル山岳会を加えた3つの団体が共同して発行する年報の2004年度版。日本山岳会の『山岳』に相当するが、面積は約2倍、大小とりどりの写真と図版がおよそ400点、その大部分がカラー写真。
ドイツ語を知らない人にもその華麗さと内容の多様さを味わってみてほしい。二十一世紀を迎えてからのドイツ・オーストリア山岳会、ひいてはヨーロッパ・アルプス地方の山岳愛好者たちの世界の広さと深さを感じ取ることができる。
フリー・クライミングや冬季の岩壁直登など、世界登山界の最新で最先端のトレンドについての報告も欠けてはいない。しかし、地球上の高峰たちがほとんど登り尽くされた後のアルピニズムのありかたに力点が置かれている。絵画と音楽と文学も含めて、山岳文化への配慮もさることながら、高きを目ざす冒険登山の時代の後に来るものを直視する姿勢に注目しよう。164ページにはじまる論評がとくに興味深い。登山の時代から下山の時代への方向転換がテーマとされる。日本山岳会100周年目に続く時代の登山のありかたを考えるうえでの知的な刺激になりそうな論調であると私は感じた。
(宮下 啓三)

2004年1月 Deutscher Alpenverein 他共同発行 320ページ