会報2月号より


Reinhold Messner/Horst Hofler・著
Tim Carruthers・英訳
『Hermann Buhl -Climbing without Compromise-』

ヘルマン・ブール(1924〜1957)の伝記である。
 ナンガパルバットの劇的な単独初登頂(1953年)でヒーローとなり、さらにブロード・ピークの初登頂(57年)を仲間3人と無酸素・高所人夫なしでやってのけた直後にチョゴリザで消息を絶った彼には、ベストセラーとなった生前の自著『八千米の上と下』(54年刊・横川文雄訳の日本語版は63年朋文堂刊)がある。
 この生前自著が、あまりにも当時の編集者クルト・マイクスによる脚色のための書き直しや加筆によってブールの実像から著しく乖離したものとなっている、というのが両著者の主張であり、今回はブール夫人から開示された直筆の登攀日記と彼自身が山岳雑誌などに投稿したレポートなどを原文で掲載し(もっとも本書は英語版であり、英訳者を介しているのでオリジナルとはいえないが)、著者の解説を加えたかたちになっている。なお、『八千米の上と下』のオリジナル原稿は残念ながら発見できなかったという。
 とくに興味深い箇所としては少年時代の故郷チロルの山々での大胆な登攀、戦後復員直後の日記と数々の写真。幼少期、少年クライマー時代、第2次大戦中看護兵として出征した軍服姿の写真などもある。ナンガパルバット以降チョゴリザでの遭難までは前記自著に含まれておらず、今回「スターとその死」と題した著者による解説に続いて「ドリュ西壁」「ブロード・ピーク」に直筆のレポートを掲載し、最後のチョゴリザの部分ではブール夫人への最後の手紙、パートナーのディームベルガーの手記などを引用している。
 本文最終箇所はブール遭難の翌年、京大隊の藤平、平井両氏がチョゴリザ南東稜線上に残されたテントから回収したブールの最後の日記の引用とディームベルガーの短いコメントで締めくくっている。
 なお巻頭ではメスナーとヘフナーの両著者の他に、ブールの長女
クリームヒルト・ロンゼンブールおよび旧友ルイス・フィグルがそれぞれ愛情のこもった序文を書いている。
 興味ある方は『八千米の上と下』との読み比べも一興かと思う。

 (越田 和雄)

 The Mountaineers, Seattle 2000年 $24・95 204ページ



小池潜・著
『写真集 愛しき山稜双六岳をめぐりて』

北アルプスの核心部、双六小屋をはじめ、他に3か所の山小屋を経営する小池潜さんは、山岳写真家としてもよく知られている。
 初代、義清氏がご存命の頃から山小屋を手伝い、かたわら山の写真を撮り続け40年になるという。
 87年に双六岳周辺の山々の四季をまとめた写真集『山の彩り』を上梓、今回の『愛しき山稜』は前著を超えた作品集である。
 残雪も豊かな春山、陽光に輝く山並み、ブナの新緑など端正な構図で切り取る。双六周辺の伸びやかな山稜、咲き競う高山植物など情緒的に夏山を描く。柔らかな光をたくみに捉えた錦秋の山々。雪化粧をした北アルプスの峰々をダイナミックに表現し、感動させる。
 全作品84点、4×5判の大型カメラで撮影、素晴らしいシャープネスと臨場感を見せる。
 序文に山好きのドイツ文学者、池内紀氏。巻末に作品解説とエッセイ「カメラ片手に山暮らし40年」「繊細な感性が捉えた双六岳の大自然」「双六小屋をめぐる人々」などを収録。

 (羽田 栄治)

 2003年5月 山と溪谷社刊
 112ページ 3800円



早川禎治・著
『カイラス巡礼 インダスとガンジスの内奥をめぐる』

本書はひと言で言えば「ヒマラヤ周行」、時には玄奘三蔵、川口慧海の後を追う壮大で心打つ冒険物語である。
 旅はまずヒマラヤの西部周辺から始まる。この地域は東西文明の複雑な接点。ギルギットを起点にヒマラヤ、カラコルムの巨峰を飽かず眺め、遺跡、旧蹟を訪ねつつパミール、カシュガルそして広大なタクラマカン砂漠を横断してウルムチに達して前半を終わる。
 次いでネパールに入り、33年前と対比して、今や聖俗渾然一体となってしまったこの国を嘆きつつも、旺盛な登山、植物の深い造詣と自然への限りない愛情を謳い上げている。
 続いてカトマンズから、本書の表題となったチベット仏教の聖地「カイラス巡礼」を敢行。天葬、五体投地と鬼気迫る信仰の世界の実態を余すところなく伝えている。最後にガンジスの河口に立ち、感銘深い今回の長途の旅を一応終わる好著。必読の書である。
 筆者は北海道生まれ、元高校教師、第二次野帳同人、もちろん本会会員であり『喜作新道ノート』『知床記』など多数の著書をもつ、真の博覧強記の人といえよう。
         
 (小倉 厚)
 2003年4月 中西出版 344ページ 1500円+税



重廣恒夫・著
『エベレストから百名山へ ヒマラヤから教わったこと』

1973年から1995年までの23年間に、実に11回のヒマラヤ登山に参加した著者は、この間、飽くなき登高意欲を持ち続けた。
 「山登りの楽しみは自ら計画を作ることにある。地図やガイドブック、写真集などから目的の山を選び、そこに到達するための計画を作り、体力や技術を身につける。そういうプロセスを経てこそ、実際の登山において気象の変化の合間に垣間見えるすばらしい光景や、頂上で感ずる達成感は何ものにも代えがたいものとなる。
 またもう一つの大きな醍醐味は、人との出会いである。山の仲間だけでなく、これまで数多くの人々と山を通じて交流を持つことができた」(本書プロローグより)
 これらの考えを多くの方々に知ってもらいたいという思いから書かれたのが本書である。
 内容は4章からの構成になっているが、第1章ではヒマラヤ登山での計画作りとその運行表、いわゆる「タクティクス」を、88年チョモランマ・サガルマタ交差縦走、91・92年ナムチャバルワ、95年マカルー東稜の3つの遠征を具体例として解説されている。
 第2、3章は72〜85年にかけて7回のヒマラヤ登山の様子である。登山報告書に書かれていない、ヒマラヤと仕事の両立、高度障害の悩み、隊員間の交流、登山を通じて会った人々とのエピソードなどが書かれている。
 第4章は日本百名山123日連続踏破。この計画は著者の職場アシックス・アウトドア事業部のブランド「タラスブルバ」20周年記念イベントとして採用され実行されたものである。
 ヒマラヤ登山で培ったタクティクスが百名山にも活用され、生きる役に立ったようである。
 踏破の全日程の様子、日々感じたことが日誌風にまとめられている。123日間に約1000名の人々と交流ができた。
 
 (茂見 猛)
 2003年6月 光文社発行 318ページ 新書版 861円



田淵行男・著
『新編 山の季節』

田淵行男の数多い著作はどれもいま古書店で高価である。2万円を超えるのはザラで、10万円をこすものもある。『山の季節』もそのひとつで、これは『山の時刻』『山の意匠』と並ぶ代表作。元版とは構成が変えてあるが、印刷技術の進歩で文庫版という制約から解放され、田淵行男の世界を味わい、楽しむことができる。実体に疎遠であった人々も、これでその世界に親しめるだろう。土門拳、入江泰吉、星野道夫などの写真文集文庫化のひとつで、ポケットに入れて田淵行男と旅ができ、山に登れるのは豪華。

 (大森久雄)
 2003年6月 小学館文庫  205ページ 838円



原山智・山本明・共著
『超火山「槍・穂高」』

長野県中央部を故郷とする高校時代からの仲間が北アルプス連峰の地質構造を語る。ライターである山本が、地質学者である原山に語らせる形をとっていて「地質探偵ハラヤマ北アルプス誕生の謎を解く」という副題が示す通り、山本は凡人代表のワトソンの役をつとめて、名探偵ホームズの天才的推理を引き出す脇役に徹する。
 北アルプスの山脈形成過程の探究をストレートな学術論文の形で展開されても、一般人には理解がしにくかろう。いわば漫才のボケとツッコミの役割分担によって山岳地形と岩石の観察の楽しさを気付かせようとする自然観察入門書の性質が本書にある。
 槍・穂高が火山活動の産物だという意外な指摘からはじまる。穂高から槍ヶ岳までの山々の地質学的な謎と秘密が実証と推理のたくみな綾によって次々に解かれていく。地表に露出した岩石と、地下深層の巨大な構造とのあいだの関係を、探偵に擬せられた人の言葉と豊富な写真と図版によって、つまり多数の証拠物件によって明らかにする、という趣向である。
 既成の説を疑い、新しい仮説のもとで新説を立てるのは、学術の営みの常であって、本書で展開される新学説が絶対的で究極的な真実と認められるまでには、さらなる手続きと歳月が必要となるに違いないが、私は本書を楽しみつつ読んだ。知的好奇心を触発する読みものであって、研究の結果もさることながら、観察と思考の方法論をともに考えるための刺激に満ちている。   

 (宮下 啓三)
 2003年6月 山と溪谷社発行 237ページ 1500円



相川修・著
『日高山脈の先蹤者相川修遺稿集』

平成10年に名誉会員に推挙された相川修氏は、12年に逝去(『山岳』第96年「追悼」参照)。
 日高山脈開拓期の昭和3年7月にカムイエクウチカウシ山の初登を目指したが、慶應大パーティーに1日先んじられてしまった。神威岳は慶應大が1度、北大が4度挑んだが失敗。5度目に相川氏が5年7月に挑戦して初登頂に成功。北大在学中に日高山脈の主な山に登り、沢の遡行や冬期登攀に数々の記録を残している。
 『北大山岳部部報』『アルプ』『山岳』など多くの著作から13篇を収録。   

 (高澤 光雄)

 2003年7月 99ページ 1000円 
 連絡先・札幌市北区北7西6キタノビル (株)ココモ内 日本山岳会北海道支部



松田敏男・山の版画集
『光る山山』

松田敏男さんが山の画を描き始められたのは1969年、今までに何度も個展をひらき、また画集を出すのもこれで3冊目になる。画暦も山暦も長いが、日本山岳会(京都支部)に入会されたのは比較的最近の1989年のことで、それ以来松田さんにご指導をお願いして、京都支部の画の好きな人たちによるスケッチ山行が年に数回開催されている。実は、わたしは一度だけしか参加したことがないが、聞くところによるとたいへん好評のようで、これはひとえに松田さんのお人がらによるもので、そのことはこの画集に収められた67点の作品にも、添えられたいくつかのエッセイにもよくあらわれている。この画集の最後の2点「95年初登山は鈴鹿大峠にてカモシカと見つめあう」「春浅き大峰、朝目覚めて思いを馳せた夜の出来事」はたいへんユーモラスで思わず笑ってしまう。
 しかし、この画集の魅力は何といっても雄大な山々を正面に見すえた、迫力に満ちた作品群で、それは画家の山を見つめる真剣なまなざしと、版画の技法を巧みに使いこなした様式化の結果から生まれたものにちがいない。「五月の槍ヶ岳」「白峰三山の夜明け」などの透明感、「残雪の乗鞍岳」の谷間のもやの印象的な淡青色、「黎明赤石岳」などの朝の光がようやく稜線に届いたあの感動的な瞬間をみごとにとらえた作品、「光る山山」と格闘する画家の姿もしのばれて、ひとつひとつの作品を見ながら、自分自身の経験を重ね合わせて十分に楽しませてもらった。
 松田さんはまだ50歳代、山登りはともかく、画家としてはまだまだ油の乗りきったというには早いお年ごろ、これからますますすばらしい作品を生み出されるだろうと期待している。
        
 (廣瀬 幸治)

 2003年7月 東京新聞出版局発行 2800円



大谷映芳・著
『辺境へ』

このようなタイトルがつくと必ず手にとってみたくなるが、そこに住人たちが自分たちの住む土地が辺境と呼ばれていることを知ったなら、どんな思いだろうと考えると、複雑な気分になるのも事実だ。
 著者の手がけるテレビドキュメンタリーは、時間の許すかぎり目にしていたが、それが本になるなら、映像では描ききれないところ、それは取りも直さず人との触れ合いの場だろうと、予測と期待を持って読んだ。
 取り上げられている地域はブータン、ギアナ高地、パタゴニア、ドルポ、アフリカのグレート・リフト・バレー、グリーンランド、ヤルツァンポの7つ。そのどれもで濃密な旅を続け、辺境といわれる地で文明とは何かを問い続ける。さらに高度に発達した社会から見ると不自由とも思える人々の暮らしを考え、彼の地での交わりを通じて人々の上に思いを馳せる。この種のドキュメンタリーにありがちな押しつけがましいところもなく、覗き見的でない姿勢は好ましい。そして、仕事と趣味が一致した人の幸せが感じられる。
 写真がほとんど2ページごとに見開きで多用されて、つや消しのカラーがより一層人々の素朴な魅力を引き出しているが、文章が中断されるのがもどかしく、その点がやや惜しい。  
 (泉 久恵)

 2003年 9月 山と溪谷社 発行 239ページ 2600円