会報12月号より


植村直己・著
『植村直己 妻への手紙』

植村直己が妻に送った手紙143通と絵日記26枚が収まっている。手紙は結婚する1974年から最後の手紙となった1984年までの海外での山や探検や活動から送られたもの。
 妻と過ごした10年間は植村が世界的冒険家となった時期である。北極や南極のほか、厳冬期のエヴェレスト登山隊隊長やミネソタでの野外学校入学などエネルギッシュな活動をした。この時期の半分近くを海外にいた植村が妻に送った手紙には、飾らない筆で細かい報告と妻への思いが綴られている。「夢中で暮らした10年間」と題した妻の公子さんのあとがきに「これは私ひとりだけの『北極圏1万2千キロ』、そして植村直己物語です。本来なら私の棺桶に入れて墓場まで持ってゆくべきものだったのですが……」とあるように、手紙にはふたりだけの心の交信の跡が刻まれている。
 どの手紙にも冒険に全てをかける植村の姿がある。その過程には困難な壁や失敗もあり、苛立ちや弱音を吐くこともある。不運に遭ったエヴェレスト登山隊では、隊長の苦悩を生々しくぶつける。
 本著の主要部分を占める北極圏1万2千`単独犬ぞり旅では、妻へ手紙を書くことが何よりの気休めであった。妻からの手紙を繰り返し読む植村。「心から俺を見守ってくれ、俺は本当に君に感謝するとともに幸せを感じている。どんなことがあっても死にはせん。やり通す意地が燃えてくる」と書く。過酷な旅のなかで必死で書いたと思う60通の心打たれる手紙。
 手紙からは妻との愛と冒険の夢に全力を注いだ植村の熱い思いが新鮮に伝わってくる。
        
(三栖 寿生)

 2002年10月 文藝春秋発行 文春新書 262ページ 750円



Judy & Tashi Tenzing・著
『TENZING and the Sherpas of EVEREST』

 1953年、ヒラリーとともにテンジン・ノルゲイがエヴェレスト頂上に立った。あれから50年になろうとする直前、その人の孫であるタシ・テンジンと、オーストリア出身の女性であるその妻ジュディが『テンジン、およびエヴェレストのシェルパたち』を書いた。この女性はヒマラヤでの最初の女流山岳ガイドのひとりとして活躍した後に、シェルパである男性と結婚し、ヒマラヤとインド文化と歴史を母国で教える人となった。
 イギリスをはじめ登山隊を組織した国々の登頂者がつねに主役として脚光を浴び、シェルパたちは脇役を演じ続けた。本書は、テンジンの家系とエヴェレスト登攀への貢献の歴史をシェルパの視点から詳しく語る。ヒマラヤの高峰に挑む登山隊への貢献がはじまった1920年代以降のシェルパのエヴェレスト登頂史としてばかりでなく、シェルパの生活と文化の歴史として読んでも面白い。
 4月末に本書の日本語訳が出版された。地名人名のカタカナ表記に多々疑問点のある訳書だが、内容を把握するには足りる。しかし、多数の写真と、エヴェレストに登頂したシェルパたちの名を連ねる詳細な年表は訳書にない。
 エヴェレストに挑む外国の登山隊を通じて、山の民が国際化をとげる過程を、写真と年表を通じて確かめてみるのも面白かろう。

(宮下 啓三)

 2002年、ロバート・ヘイル社(イギリス)発行 211ページ訳書『テンジン エべレスト登
 頂とシェルパ英雄伝』(丸田浩、広川弓子訳)
 2003年 4月晶文社発行 350ページ



小野克之・著
『遥かなるヒマラヤ絵描きトレッキング紀行』

 ヒマラヤの厳しい自然のなかに身をおいて、油絵を描くひとりの画家の8か月間のトレッキングと絵画制作の記録。
 著者が山にとりつかれたのは、1987年にカシュガルからクンジュラブ峠を越えたとき目にしたナンガパルバットだった。その瞬間、著者の中で何かが弾け、風景を見て初めて涙した。「描くならこれだ!」と腹を決め中学の美術教師を辞めて、年の半分をヒマラヤ、カラコルムの山中で過ごし、現場で絵を描く生活を続けている。
 本書はチベット編、ネパール編、パキスタン編の3部からなり、2001年5月にチベット高原でシシャパンマを描いてから、パキスタンに移り、ヒンドゥークシュのティリチミールを北面、南面より描き、続いてバルトロ氷河をK2のBCまで入りK2を描いた旅が綴られている。
 一時帰国後、9月にネパール・マカルー山郡群へ出かけた。現地スタッフとポーター各3人という少人数で、降り続く雨とヒルに悩まされながらのトレッキングで、マカルーのキャンプ地に着いた。5300mの高所でマカルー南壁、西壁などを描き、滞在すること1か月余での下山は降雪の中であった。
 著者の山の絵を描く姿勢は現場主義であって、雪崩や落石、氷河のクレバスなどへの危険を伴う。また寒気、強風といった厳しい自然との闘いが強いられる。そのような過酷な現地での制作にこだわる理由は、下りてから思い出しながら描くのでは感動のヴォルテージが違いすぎるからであるという。   
         
(大橋 晋)

 2003年1月 論創社発行  
 283ページ 2000円