会報11月号より


高桑信一・著
『山の仕事、山の暮らし』

ゼンマイ採り、山椒魚採り、鉄砲撃ち、ワカン作り、炭焼き、漆掻き、天然氷造りなど20編にわたる山暮らしと山仕事ひとすじの人たちのルポルタージュ集。多くのクライマーに汚されていない奥深い谷を遡行し、豪雪の山々にわけ入った著者ならではの思いが各編にこもる。
 10年以上にわたり取材を続けていて、すでに死亡したり、山を下りた人たちもいることだろう。山に登る私たちの多くは、こうした山びとの暮らしや仕事ぶりに関心を持っているけれども、読み進むと、実際の山暮らしぶりは私たち登山者、訪問者の想像や理解とずいぶん違っている側面が多いことを知るのである。
 山奥で働く人たちは、高度経済成長や自然環境の変化に翻弄されつつもなお、都会や外の世界とは無関係に自ら選択したり、父祖から継承し、あるいは運命のいたずらからと、動機はさまざまだが、必死に仕事に取り組んでいるその姿が生き生きと語られている。
 この山人たちに共通していることは、山と山の仕事を熟知していないと暮らしていけないことと、やっぱり山が好きだということだろう。そして、ほとんどの人たちは後継者をあてにはしていないのだ。これをさみしいと思うのは、私たち町の人間や旅行者としてのエゴではないか。消えゆくものへの郷愁だろう。
 こうした多様で強烈な個性をもった山びと、滅びつつある仕事に打ち込む人たちにめぐりあい、親交を結んでいく著者の山旅は、どんなにか充実していることだろうかと思わずにはいられない。

(松沢 節夫)

 2002年12月 つり人社刊  446ページ 2400円



織内信彦・著
『もうひとつの快晴の山』

 名誉会員で元副会長を務めた織内信彦さんが2002年9月26日に永眠された。ご本人の希望で「お別れの会」が昨年11月25日に行われたが、その会のために織内さんの発表された多くの文章から、遺稿集として急遽まとめられ出版されたのが本書である。
 織内さんは90年の生涯で『偃松帯』(昭和16年)、『快晴の山』(昭和52年)の著作があり、日本山岳会の『山岳』、『山』への寄稿も多い。また、農大山岳部の部報、『山と溪谷』や『岳人』へも多くの文章を発表している。
 本書には18歳の時に池の谷から早月尾根を経ての未開拓ルートの登高をふくむ「剣岳西面紀行」から、亡くなる直前に発表した「デル・グーテ・カメラードとリーダー章」まで、記録、随想、海外、論評の4章に13編がまとめられている。70年あまりにわたる山登りを愛した人生がうかがえる。
 通読して驚かされるのは、織内さんの生き方、山に対する考え方が終始一貫、筋が通っていることである。『山岳』や『山』に発表されたものは会員には覚えのある方も多いと思うが、農大山岳部の部報などに書かれたものや、戦時に書かれた「登山と時代」などは初めての方も多いのではないかと思われる。
 各編のあとに本書を編纂した江本嘉伸、神長幹雄両氏による紹介の短文がつづられており、織内さんへの愛情あふれる良い文章で、この短文を読むだけでも織内さんの人柄をほうふつさせるものがある。表紙の絵は織内さんの作品、裏表紙は農大山岳部のリーダー章があしらってある。
 この『もう一つの快晴の山』とは別に、織内さんが人生の最後の時を費やした27ページの文字どおりの小冊子『山と本と人』がある。平成13年11月に緑爽会の会合で日本山岳会の古い話を、と請われて講演したものをまとめたもので『山と本と人』と『アフガニスタン』の2編がおさめられている。「入会した頃(昭和15年)」や「小島烏水の思い出」、「松方さんと社会主義思想」や「ブルジョワ・アルピニズム」など大変興味深い。
 講演のため時間をかけて準備した内容を半年かけて推敲を重ね、入院生活を余儀なくされ人生の残り時間の見えてきたなかで、活字の種類や大きさなど装丁の隅々まで目を通し織内流の冊子に仕上げられている。この冊子は最後の日々、入院生活のなかひとりひとりに「恵存」と揮毫し、ご自身で宛名まで書いて郵送されたものである。限定版で入手が難しいかと思うが『もうひとつの快晴の山』とあわせてぜひ一読をお勧めしたい。      

(宮崎 紘一)

2002年11月25日 発行者・稲垣章子 157ページ 送料 とも1000円で頒布。申込みは事務局まで。 



Ram Kumar Panday・著
『Japanese Expedition Experiences in the Nepal Himalaya』

 トリブバン大学地理学教授のパンデイ先生は、1999年5月から国際交流基金のフェローとして9か月間日本に滞在された。この間各地を調査旅行して回り、多くの岳人に会って話を聞き、大阪市立大学などで研究を行った。本書はこの成果を纏めた報告である。
 本会の名誉会員であったクリシユナ・ヴァルマ氏の娘婿でもあるパンデイさんの業績と人となりは巻末10ページにおよぶ自己紹介を見れば良くわかるが、ユーモアを信条とし、児童文学や民話、美術工芸にも造詣が深い。日本への傾倒が強く、ネパールと日本との間の相互理解のために精力的に活動している人である。
 ネパールを良く知る日本人は登山者が多いが、日本とネパールの関係の中でも登山がその重要な要素を占める。そこで研究テーマを 「日本人のネパール・ヒマラヤにおける経験」という方向でまとめることにしたようだ。ネパール登山の経験者から話を聞くとともに、日本の土地柄を地理学的な視点からネパールの状況と比較して、それらを総合化しようとしている。
 第1部ではかなり細かく登山の歴史や背景に触れる一方で、統計的な数字の並んだ表も数多く使っていて、いつの間にか個別的内容が一般化された内容に移ってしまうこともあるが、この間隙を埋めるのが個人へのインタビューと、登山者それぞれの紹介文であろう。
 第3部には個別に名前と写真で紹介されている岳人が17人、故人を含めていずれも日本山岳会の重鎮の方々である。話の内容は多岐に(登山以外にも)わたり、時代的にも幅があり、さらに筆者の感想も挟まって、焦点が定まらない感もあるが、細かい話には興味深いものが含まれる。
 日本人の盛んなヒマラヤ登山の背後にある登山組織・クラブについても注目し、日本山岳会を含めてネパール遠征経験が多い8つの組織について具体的に言及している。日本山岳会についての紹介は細かく、歴代の会長名や創立会員のことまで記してある。
 ヒマラヤの存在がネパールの人びとの在り方を決め、外国人の登山やトレッキングがネパール経済を支えているとすれば、将来のネパールもヒマラヤを資源としてうまく活用してゆくほかはない。パンデイ先生は結語の中でヒマラヤの国ネパールの持つ可能性をいくつもあげている。その資源を開発するためにはどうしても外国の援助に頼らざるを得ない。だがその前にネパール人自身がネパールを知り、また外国人にネパールの良さを知らしめることはできる。 
 日本を知ろうとし、日本に友人を増やし、ネパールへの関心を高めること、それこそがこの本を書いた意味である。英語で書かれた故に、日本人にとっては、日本の登山状況が世界に紹介されるメリットがある。    

(児玉 茂)
 
Nepal-Nippon Research Center発行 452ページ 20ドル十送料 年次晩餐会で見本を展示、希望者はその場で予約注文。または事務局田村まで申込みのこと。在庫僅少。