2026年7月 五葉山
日 時 : 2026年7月19・20日
計 画 : 19日に赤坂峠駐車場に集合、一泊し、20日五葉山往復登山
参加者 : 大久保、須々田
7月19日
赤坂駐車場に3時過ぎ大久保、4時半過ぎ須々田到着。計画段階では、津軽在住の会員は岩手の山に
なかなか行く機会がないだろうという事と、五葉山のシャクナゲがきれいな時期にという目論見であったが、
残念なことに参加者は二人だけだった。赤坂駐車場は車が5~60台止められスペースがあり、トイレもある。
赤坂峠に向かう途中、下山者のものと思われる車数台と遭遇したが、現在は我々含め3台だけ、夜半に一台着いたようだ。
水道施設がないので、ポリタンに水を用意しておく必要がある。
各自車中泊と決め込み、用意が整ってから夕食となった。須々田さんは、「油のいらない餃子」でフライパンに冷凍品を入れ、
水を加えて蒸すという優れモノ。大久保は「チジミ」で、それ用の粉に自家製ニラ、玉ネギ、肉の代用のベーコンを加えて
水で溶くだけ。そしてゴマ油を垂らしながら焼く。これも手を掛けずの優れモノである。須々田家のキュウリ、大久保家の
ピーマン味噌のコラボで酒が進む。濃いガスがかかってきたが濡れるというわけでもなし、生暖かい空気が流れる。
一通り夕食が済み、早いが寝床に入った。
7月20日
4時前に東の空がうっすらと明けてくる。少し赤みがかった雲の合間に青空が垣間見られ、西の空に青空が大きく広がる。
雨の心配はないようだ。今日のコースは、赤坂峠の登山口から石楠花荘を通り、山頂に達してから最高地点の日の出岩に達し、
往路をふたたび赤坂峠に戻る往復8.8kmの道のりである。標高差は656mで、休憩を含んでも約5~6時間のゆったりした登山になるだろう。
「五葉山」の名の由来は、阿弥陀如来、薬師如来、観音菩薩、虚空蔵菩薩、愛染明王の五仏を祀る事からとも、
藩政時代に伊達藩が直轄する山(御用山)であったことから「御用山」と呼ばれていたことに由来するとも、
五葉松が生えているからとも言われているが、昔は「檜山」と呼ばれていたらしい。いずれにしても、五葉山は石楠花で有名である。
山行日は石楠花の最盛期を設定することにしていたが、諸行事が重なって、この時期になってしまった。
登山口を5時45分に出発した。ゆったりとした登りで、周囲はミズナラ、ダケカンバなどの落葉広葉樹林が広がり、風も無いので汗がうつとおしい。
しかし、尾根筋に出るとさわやかな風が吹いていて、力が蘇ってくる。
暫くすると「賽の河原」に到達し、また「畳石」とよばれる長方形の花崗岩が現れる。そう五葉山は北上山地の南端に位置する隆起地形なのだ。
頂上近くに石楠花荘が現れる。豊富で清潔な水場があり、トイレも別棟で綺麗である。
次第に石楠花の大木が現れるが、時期が少し遅かった。花はほとんど見られず、咲き遅れた花柄か今にも落ちそうに三個、4個付いているだけだった。
しかし、石楠花の大木が立ち並ぶ姿は圧巻で、「来年は時機を逸せず、是非また来る ! 」と思わせるに十分だった。
頂上に9時5分に着いた。頂上は平らで花崗岩が露出している。その中に石垣で囲まれた「日枝神社」がある。五葉神社の奥宮で、仙台藩の祈願所であり、
山伏の修験道上であったと伝えられている。近くに三角点があるが、最高点は東に5分ほどの「日の出岩」で、丸みを帯びた花崗岩が縦に林立していた。
「老人危うきに近寄らず」で、二人とも岩によじ登らなかった。
復路はそのまま来た道を引き返し、11時55分に駐車場に戻った。(大久保記)
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