オピニオン


高尾山の賑わいの向こうに

「山の日」と「自然保護」


山川 陽一

 高尾山は東京都民の憩いの場所として有名で、特に春のサクラや新緑、秋の紅葉の季節の賑わいは大変なものでる。高尾山の薬王院で除夜の鐘を聞き元旦を迎える人たちも多く、沿線に高幡不動尊や府中の大国魂神社などがある京王線は、大晦日から元旦の朝、終夜運転で初詣の人たちを運ぶ。
 ひとくちに高尾山といってもその楽しみ方は千差万別だ。ケーブルカーで登り薬王院に参拝してまたケーブルカーで帰ってゆくひと、1時間半の道のりをゆっくり山頂まで登って満足して下山するひと、南高尾山稜や北高尾山稜、あるいは小仏峠・景信山・陣馬山へと伸びる主稜線のワンデーハイキングを楽しむひとなど、人々の多様なニーズに対応できる広い山域を持っていることが高尾山の魅力なのだろう。山稜からは、富士山が眺望でき、足下には相模湖や津久井湖がきらめく。東京近郊に豊かな自然が息づいている。

 僕は長年京王の沿線に住んでいる関係で、今まで、わが庭のごとく何かといえば高尾山に足を運んできた。この高尾山が3年前突然ミシュランの三つ星観光地に選ばれて一躍全国区になった。以来、年間260万人とも300万人ともといわれる観光客の襲来にいささか恐れをなして、ここのところ、しばし足が遠のいていたのだが、そんな高尾山を先日久しぶりに訪れてびっくりしたことがある。その人出の多さもさることながら、3年前と比べて訪れる人たちの様相がすっかり変わってしまっているのだ。
ざっと見渡して、半分以上が若者と家族づれで、若い女性だけのグループやカップルの姿も目立つ。花が咲いたように服装がカラフルでファッショナブルになった。稜線を歩いていると、これまたカラフルウエアのトレールランナーが勢いよく挨拶をしながら傍を駆け抜けていく。外人の姿も目に付く。そういえば、高尾山だけでなく、最近山歩きをしていて実感するのは、若い女性や外国人が増えたことである。ひところは日本中の山がシルバーグレー一色に塗りつぶされてしまった感があったが、「だいぶ風向きが変わってきたなあ」と感じるこの頃である。

 こんな現象を苦々しく思う人も少なくないと思うが、僕は内心悪いことではないナとほくそ笑んでいる。まあ、そんなに目くじらを立てることはない。「彼女が行くから俺も行く」でもいいじゃないか。「そんな恰好してここは原宿じゃないぞ!」といいたくもなるが、まあ、それもいいとしよう。時がたてば行き過ぎた現象も落ち着くだろう。ゲームやパソコンばかりやっていて、大自然に触れる機会が少ない日本の風潮こそ苦々しい。

 流す汗、苦しい登り、山頂に立つ達成感、森のたたずまい、野鳥の声、自然の息づかい。そんな中に生きている人間という小さな生き物。子どもから老人までみんなが自然に向き合おうというのが「山の日」をつくろうという国民運動なのだと思う。その目指すところは、そのまま、わたしたちの自然保護活動に結びつく。

 自然をいつくしむ豊かな心を持った若者や子供たちがドンドン育ってくれることを願っている。僕に言わせると「自然保護」とは特別なことではなく、美しいものを美しいと感じ自然を愛する豊かな心を育むことである。その意味で、僕の中では、山の日の運動は自然保護活動そのものである。

(日本山岳会理事・自然保護委員)

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