美しく世界的にも特異な日本の山

小泉 武栄


                    
世界の中の日本の山
 地球上にはヒマラヤやアンデス、ロッキーのような高く巨大な山脈がいくつもある。そうした山々と比べると、日本の山はやはり低く、足元にも及ばない。日本アルプスが3000mをわずかに越えものの、東北や北海道の山々でも2000mを下回るものが大半だから、ずいぶん低い。日本の山々は私たちにとってこそこの上ない存在であるが、アルプスやコーカサスなどの山々と比べても、高さや規模の点ではとてもかなわないし、氷河や青く澄んだ氷河湖や巨大な岩壁も存在しない。だから景色の雄大さという点においては、いささか迫力不足だということを認めざるをえないのが実情である。

美しく多彩な高山景観
 しかしながら自然景観の多彩さや山の美しさという点から見れば、日本列島の山々は、こうした氷と岩壁しかないような大山脈と比べて、はるかに勝っていると私は考える。森林限界を越えれば、そこにはハイマツ群落があり、残雪があり、カールや岩壁や岩塊斜面がある。そして風衝草原から雪田植生までのさまざまのタイプの高山植物群落がモザイク状に分布する。これほど多彩で素晴らしい山岳景観は、世界的にみてもほとんど他に例がないものである。

→まだら状に分布するハイマツ(北アルプス清水岳)

 

 

 

 

 

一つ一つの山が個性的
 これに加えてわが国では一つ一つの山に著しい個性がある。多彩な高山植物がさまざまの植物群落をつくりだす白馬岳や北岳。火山性の高原に見渡す限りお花畑が広がる大雪山。岩壁がそそり立つ穂高岳や剱岳、谷川岳。大きな残雪や偽高山帯の草原を抱える飯豊山や鳥海山。美しい高層湿原の発達する尾瀬ヶ原や苗場山、霧ケ峰。そして富士山や御嶽、白山、霧島山などを始めとして全国に存在する新旧の火山。狭い国土にもかかわらず、よくぞこれほど個性的な山々がそろってくれたものだと感心するほどである。
 
渓谷や植生も個性的
 また日本列島の各地に素晴らしい渓谷や無数のみごとな滝があり、美しいブナ林や亜高山針葉樹林も分布する。上高地にはケショウヤナギの林があり、八ヶ岳には珍しい縞枯れ現象もある。氷河を除けば、ないものはほとんど何もないといってよい。
 
多彩な自然はなぜ生まれたか
 日本の山の美しさの源は、どうやらこの箱庭的な自然の多彩さにあるといってよさそうだが、この多様性に富む自然はいったいどのようにして生まれたのだろうか。
 原因の一つは冬の強い風と多雪である。日本の山は夏の気温だけから考えると、北岳の頂上までハイマツに覆われていてもとくに不思議ではない。しかしそうならなかったのは、日本の山が冬場、世界一の強風・多雪といった厳しい条件下にあるからである。
 周知のように、冬山では強風が吹き荒れる。この強風は風上側の斜面から雪を吹き払い、反対側の斜面に堆積させるが、この両方の場所でハイマツは生育することが困難になってしまう。たとえば強風地では雪がつもらないため、ハイマツは積雪による庇護を受けることができず、そこから排除されてしまう。代わって出現するのがイワウメやガンコウラン、トウヤクリンドウなどの丈の低い風衝地の植物である。一方、風下側の斜面では吹き溜まった雪が夏まで持ち越すから、そこでもハイマツは生育できなくなってしまう。そうした残雪の周辺にできるのが、シナノキンバイやコバイケイソウ、アオノツガザクラ、ハクサンコザクラなどからなる雪田周辺の植物群落である。

ホソバナウスユキソウ

→ホソバヒナウスユキソウ(至仏山)。尾瀬の至仏山と谷川岳の蛇紋岩地帯だけに自生している。

 

 

 

 

 

世界一の強風と多雪
 日本の山が冬場、極端な強風にさらされるのは、ヒマラヤの北と南を迂回してくるジェット気流が、ちょうど日本の上空で収斂するためである。だからもしこのような条件がなかったとしたら、吹きさらしも雪の吹き溜まりもなくなってしまうから、高山植物は姿を消し、日本の高山はハイマツしかないずいぶんつまらない山になっていたに違いない。

地質が変わると植物も変わる 
 日本の山の風景を多彩なものにしているもう一つの原因に、地質の複雑さがある。日本列島は地質の博物館と呼ばれるほど、細々とした地質からなっている。これは日本列島の地質が、基本的にプレートの動きによってもたらされた「付加帯」からなるということに原因があるが、高山では地質が異なると風化の仕方が異なるため、できる地形や斜面堆積物に大きな違いが生じる。その結果、同じような気候条件であっても、地質によってはっきりと植物が違ってくるのである。たとえば、白馬岳には流紋岩という火成岩が広く分布するが、この岩は細かく割れるため、不安定な砂礫地ができ、そこにはもっぱらコマクサやタカネスミレが生育している。一方、古生層の砂岩・頁岩地域では大小の岩屑がうまく混じりあうため、表土が安定し、そこには風衝草原ができている。また北アルプスや中央アルプスに広く分布する花崗岩の場合は、氷河時代の強力な凍結破砕作用によって大きく破砕され、岩塊斜面をつくることが多く、ここでは岩塊の上をハイマツが覆う。なお地質によっては、蛇紋岩やかんらん岩、石灰岩などのように、その化学成分により直接、植物の分布に影響するものもある。

→北アルプス三国境。地質の境界がはっきっりとわかる。

 

 

 

 

 

鉢ヶ岳→雪が残る北アルプス鉢ヶ岳の東側斜面。氷河時代に氷河があった。雪倉岳との鞍部には多彩な地質を見ることができ、地質によって植物が違っていることがわかる。

 

 

 

 

さまざまな要因が重なってできた
 いずれにしても日本の山の美しさというものは、山の高さや風、雪、地質、氷河時代の環境など、さまざまの条件が実に巧妙に重なることによって生じたものであり、何か一つ条件が違っただけでもこうはならなかったはずである。私は山好きの一人としてこのことにおおいに感謝している。

(東京学芸大学教授、日本山岳会会員)

小泉武栄
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