2004年7月号
創立100周年記念中央分水嶺踏査登山活動報告
 
中央分水嶺踏査委員会
 



総延長:5000km
踏査率:13%(2004.5.31現在)

 「会員の全員参加をモットー」とする日本山岳会創立100周年記念事業のひとつ「中央分水嶺踏査登山」。今年2月のシンポジウムを機に本格スタートした同計画は、北は北海道宗谷岬から南は九州佐多岬まで全長約5000`の中央分水嶺を踏査するというもので、27に分けられた区間を25地方支部と首都圏(2区間を同好会等が担当)で分担し、踏査を行っている。登山活動実施期間は4月から来年10月まで(一部は再来年4月まで)となっており、経過報告を兼ね、各支部等の踏査状況等を今月号から隔月で順次紹介していくことにする。なお、表題の踏査率は、山行報告書が提出された踏査済み区間の距離を総延長の割合で示したものである。

熊本支部
グリーン上が分水嶺!
熊本支部が担当する中央分水嶺は、熊本・大分県境の九重山麓瀬の本高原から、熊本・宮崎県境の白髪岳南麓まで南北180`にわたり、GPSによる測定ポイントは122か所となる。会員の高齢化が進み、実働会員が少ない支部としては手に余る計画ともいえるが、先年、支部設立45周年記念事業として実施した「県境の山」436`踏査の実績を生かして、決められた期間内にはぜひ達成したいと考えている。
Cランクの難コースが多いが可能な限り分水嶺ラインを歩いている。4月15日の全国各紙に中央分水嶺踏査の記事が掲載されたことから、一般の関心も高まり公募参加の問い合わせもあった。
6月上旬の現時点で、10回にわたり約95`(担当区間の50%強)を延べ65人が歩いており、予定よりかなり早いペースである。これは、南部九州の夏場では九州脊梁山地の踏査は困難だろうと、若干予定を繰り上げて実施したからである。踏査班長、加藤功一会員の努力で、毎回多くの会員が参加し、楽しく歩いている。
実際に歩いてみて、分水嶺の形が多種多様であることに気づいた。阿蘇外輪山ではすべて、カルデラの外縁部を通っていた。指定された三角点が分水嶺上になく、逸れていたところがいくつかあった。高原の畑の真ん中に、三角点が鎮座していたところもあった。里山地帯では、例外なく荒れて厄介なヤブ分けを強いられた。
傑作なのは、高森ゴルフ場の9番ホールグリーンが分水嶺になっていたこと。ホールは西側の有明海側にあったが、太平洋側にオンして、有明海側に転がすのも楽しいではないか。
5月中旬に地元のFM中九州から取材を受けたが、実際に歩いている加藤功一・百合子夫婦が分水嶺歩きのロマンと楽しさについて語り、5月24日午後に放送された。
いま支部は、本年10月開催予定の全国支部懇談会の準備に追われており、九州脊梁山地中央部に入った分水嶺歩きは、今秋以降に再開したいと考えている。        (本田 誠也)

北海道支部
全長千`、長く厳しい挑戦!
北海道支部は中央分水嶺全体の2割に相当する宗谷岬から白神岬までの1065`を受け持っている。
昨年11月30日に第1回の踏査実行委員会を開催し新妻支部長以下三役、中村実行委員長他でブロック担当と実施計画案の策定を行い、全道を道北、道東、道央東、道央西、道南の5ブロックに分けた。このうち8割が積雪期での踏査となるため、すでに今年1月2日から踏査が開始されている。その後、踏査実施と並行して、数回の実行委員会を開催し、計画概要や踏査実績について「分水嶺踏査特集号」や定例の「支部だより」で周知徹底し、多くの会員・会友の参加を呼びかけてきた。
実際の踏査に際しては、林道の調査や事前の下見をしたり、猛吹雪のため途中で引き返したりと、冬期間は苦労も多い山行となっているが、支部長自ら最北端の宗谷岬、最南端の白神岬の踏査を実施済みである。
道北ブロックはエスケープルートが少なく、ロングコースが多い。天北峠から上紋峠までの約36`のように、山中3泊で中村喜吉・漆崎隆会員が踏査している。宗谷丘陵では、樹木がなく広大な地域と多くの沢が複雑に入り込んでいて、ルート確認に苦労した。道東ブロックは大雪山や十勝連峰を擁し、冬期踏査は一段と厳しくナイフリッジや急斜面の通過には、常に滑落や雪崩の危険と真剣に向きあっての踏査となっている。
道央東ブロックは低山で登山道も、山行実績もなく、多くの林道が入り込んでいて踏査に時間を要している。道央西ブロックは比較的踏査しやすいルートが多く、すでに76%の踏査が完了した。道南ブロックは奥深い低山が多く、山行実績がないこと、雪融けが早いことなどから25%の進捗率となっている。また、残雪期の道南はヒグマが多く、足跡を見ながらの踏査はよくあることで、前回は親子熊に遭遇し踏査を中止して引き返した。
分水嶺踏査をしてみて、地形図と人工物(特に送電線)との相違点が散見された。普段の山行では行くことがない地元の山域を踏査し、新しい発見をし、また、発見する楽しみを見出した。
今回の分水嶺踏査事業は、新聞に報道されたこともあり、他の山岳会や一般市民からも踏査参加の申し出が来て、すでに参加実施している。また、今夏予定の千歳空港から支笏湖間にも、千歳市民ら約20名から参加希望がきており、踏査が計画されている。
1月から5月10日までの分水嶺踏査実施状況は、踏査回数合計75回、延べ踏査距離385`、延べ参加者301人になっていて、進捗率36%である。今後も各ブロックで、残っている多くのルートでの踏査計画が予定されている。             (鈴木 貞信)

山陰・広島支部
2支部合同キックオフ
三坂峠に固い握手
 山陰および広島支部は、4月4日、広島・鳥取県境にある道後山山麓の三坂峠に集まり、中央分水嶺踏査の合同キックオフ大会を盛大に行った。山陰支部からは高田允克支部長ほか14名が、広島支部からは種村重明支部長ほか15名が参加した。
 開会式ののち、早本和佳子さん(山陰・実行委員長)と佐々木弘磨さん(広島・実行副委員長)が分水嶺標識を持って固い握手を交わした。そのあとこの標識を皆の拍手のもと、近くのヒノキの幹にとりつけた。さあ、キックオフだ!
 これから1年半、山陰支部は人形峠からここまでの、広島支部はここから山口県の仏峠までの道なき道をたどりつつ一本の線に育てていく。  その後、一行は道後山山の家へと移った。昨夜の雪で冬の山小屋に舞い戻った感じだった。
 講演が始まった。今回の分水嶺踏査の仕掛け人・近藤善則さん(科学委員)による「分水嶺の意義と魅力」である。皆、スライドを眺めつつ熱心に分水嶺への熱き想いを聞き入っていた。昼食後はストーブを囲むようにしての交流会。支部報を担当する私は、次号にこのイベントを取り上げ、タイトルを「南北より集まり東西を語る」にしようと決めた。          (国枝 忠幹)

丹水会
山と人とのかかわりのデータも
ここ20年あまり神奈川県中央部に位置する丹沢をホームグラウンドとして、春と秋に年2回の山行を重ねてきた丹水会が、中央分水嶺踏査に早々と名乗りをあげたのは、会として丹沢以外の山も経験してみたいとの願望があったからだ。上信地区の山田峠から鳥居峠間の担当となったが、この地域の山行記録はそれほど多くはないし、ガイドブックに載るほどの山も少ない。インターネットで調べてみると、記録はすべて藪こぎが大変とあって、悲鳴が聞こえてくるようである。
実際に歩いてその嘆きが決して大げさではなかったことを実感。藪を警戒して残雪期にとりあえず出かけたが、雪が少なくてかなりのところでササが頭をもたげていたのは大いなる誤算であった。
記録はホームページでご覧いただくとして、印象的だったのは日本海側と太平洋側の地形の違いである。なだらかな太平洋側に比べて日本海側のなんと荒々しいことか。地形の異なりは人々の暮らしにも大きな影響を与える。太平洋側では万座山が頂上近くから緩やかに裾野を広げ、古くから温泉とスキー場が発達した。分水嶺が四阿山につき当たって菅平に至るまでの日本海側は崩落が激しい。分水嶺はここで90度方向を転換し、浅間山の裾野へと続くが、総じて太平洋側の方が緩やかだ。
分水嶺の一角に立ち、広大な平原に集落ができ、娯楽施設の林立へと変貌する過程で、麓の暮らしも山に入る形態もずいぶん変化しただろうとことを考えるとより興味が増す。踏査記録にそういう一面の記録が加われば、さらに充実したものを残すことができるのではないだろうか。 (泉 久恵)