2003年11月号
100周年を契機に名誉ある役を
大森弘一郎
 
 昨年のクリスマスの日にスイスに居た私は、急に行きたくなってグリンデルワルドに行った。ホテルベルビューがあいにくクリスマスで休み。しょうがなしに向かいの小さなホテルに入った。

 ホテルの部屋で窓を開けると正面にアイガーが迫っていた。そして、テレビをつけるといきなり槇さんの顔が飛び出たのでびっくり……。

 アイガー東山稜の登攀が成功したあとの駅で肩車をしている見慣れた写真まで出てきた。ミッテルギ小屋の改築にからんでの番組ではあったが、繰り返し放映される番組を見ていて、スイスの人の心に未だ槇さんが生きているのに驚いた。

 信者でもないのに教会に行った。外に出ると、アイガーの壁が黒く覆い被さるように聳えていた。

 100年ほどの前、当時のアイガーは未知と困難の世界であり、それへの登攀を考えることは正にパイオニアの挑戦であったろう。このころはライト兄弟の時代である、今の飛行機がそこから発展したことを考えれば、今日の装備と技術がなかった100年昔における挑戦の大きさが、よくわかる思いがした。

 そのパイオニアの思いを引き継いで日本山岳会は生まれ、挑戦が行われて来た。そして気がついてみると、今の時代に100年昔のレベルのパイオニアワークを、山において見つけるのが難しくなってしまっていた。さてこれから我々が持つレベルの高い未知への挑戦の精神はどこに向かうのだろうか。

 日本山岳会が目指すのは、単なる山だけではなく、挑戦に値する未知なる「山」ではないのか。そう考えると答が見つけやすくなる。

 南極に昭和基地ができたときにその未知なる世界に挑戦し、さらに越冬という未知に挑んだのは山岳人のパイオニア精神であった。 それにより切り開かれた道が拡がって今日の南極観測があり、オゾンホールが発見され、隕石から氷から地球の気温と空気の歴史が解き明かされ、未来への予測と警告が出されるようになっている。 マナスル登頂は国民を勇気づけて戦後の復興に貢献した。高所登山を契機にして開発された保存食品や装備の技術が今日の日常生活を豊かにしてきた。

 自分たちが自覚していたかは別にして、我々は広く世界をリードしたパイオニアであったのだ。

 我々にとっての「山」とは高く聳える岩や、生物を宿した土の塊だけではなく、挑戦に値する「高きもの」なのではないだろうか。挑戦によって道が開けていく、そのようなパイオニアの役が我々にはあるのではないか。

 山に登っていた人で、そののち登山以外の世界で挑戦をしている人を多く見るが、それもその人にとっての「山」に違いない。

 そのように考えると、エヴェレストより高い山はいくらでもあることに気がつく。

 それがいろいろとある中でも、何といっても人間の行動の最高峰は、地球の温暖化を防ぎ、人類の持続的な生存の道を残すことであろう。そしてそれが山岳人の活動領域のすぐ隣にあるのだと気づくのである。

 山では自然に肌が接している。自然からの恩恵を最も受けている場でもある。また変化の影響を察知できる場でもある。氷河の後退や異常な雪崩や、冬の積雪が変わったというがごときセンサーの役割としても先端にいる。例えば雷鳥の世界を守ることは人間の生存を守る対策のひな型でもある。

 地上ではほとんど忘れられている気圧の変化に山では敏感になる。私たちは空気に押さえられて生きていることを知っている。

 ただこのことから地球を被う空気の量や二酸化炭素の量を類推する人は少ないだろう。地球の表面積から計算すると、二酸化炭素の量は炭素換算で何と6000億トンという数字になる。この中の1000億トンぐらいの炭素(以下Cと表す)は、ここ200年ぐらいの間に約200億人の生活と活動によって増えたものらしい。そして今の調子で何もしなければ1000億トンぐらいのCを増やすのに100年もかからない。

 1000億トンのCが増えた地球は、一番正しそうな予測で4℃の気温上昇と2mの海面上昇である。 100年で東京は奄美大島の気温になり、東京の気温は稚内の緯度に行ってしまう。この急激な変化に植物の移動はついていけるのだろうか(多分追いつけない)、作物は食料生産は。異常な気象現象、公害の増加、害虫、疫病などなど、温暖化から起きることに人間はどれだけついていけるだろうか……。

 人間の欲は変わらず、行動は拡大していく。しかし限られた範囲に閉じ込められた世界である山では、有限なモノの活用を考える。

 地球から掘り出す資源やエネルギーは有限であり、仮に人類の歴史をあと5000年だとするならば(過去5000年ぐらいが解っているからその中間点を現在としてみた、またこれくらいは生きないと恐竜に恥ずかしいのでは)、その有限の地下資源は毎年5000分の1だけ使ってよいはずで、後は太陽の恵みを生かす生活に発展すべきなのだが、なかなかそうは行かない(原子力には人類を巻き込む危うさが消えないし、地熱エネルギーも僅かな量である)。

 地球の物質(資源)は濃度を変えて分散して集まっている。だから採算を無視して探せば出てきてくれる。現在知られているのは1とも、0・1%とも言われる。この中で固体で掘り出して固体で捨てられる物はまだ良いし、資源として循環できるが、ただ気体で放出されるものは始末が悪いのだ。

 石油において確認埋蔵量という言葉がある。例えばサウジアラビアの確認埋蔵量は現在2600億バレルだと聞いて安心するが、もしこれを全部消費したとすれば290億トンのCの放出だと考えると随分無意味な数字である気がしてくる。地球にストックされているであろう化石燃料は100000億トンのC以上だと言う恐ろしい数字もある。これを使い終わる前に人類はとっくに絶滅している。

 化石燃料の使用は、どんな用途で、どんな使い方をしても、地上に出したものは、固体で蓄積しないかぎりは遅かれ早かれ空気中のCになる。だから本来は地下に閉じ込めておくべきものなのだ。

 使うのなら吸収ささねばならない。切られた森も木材の形で長期間使われれば、その間中は有効なCのストックとなってくれている。

 省資源、リサイクル、二酸化炭素の排出を少なくする技術の開発。 燃料電池、ハイブリッド。LNGは石油より2割ぐらいは良い、コジェネレーションはエネルギーを5割ぐらい取り出せる。太陽電池、風力発電、二酸化炭素の海底固定、これらの努力はされている。夢の燃料電池はCを出さないが水素を作るときにエネルギーを使うし、宇宙でのソーラ発電も地球へ電磁波で送るのに未だ難関がある。つまり二酸化炭素を排出しないでエネルギーを取り出して人が生活するのはまだなかなか難しいのだ。

 これに対して、二酸化炭素を収支を黒で安全に吸収する技術を人間はまだ持っていない。

 遠くの太陽がやっている核融合の研究はあるのに、光合成を人がやる研究の話をまだ聞かない。

 しかし植物はそれをたやすく行っていて、それは近くにいる。

 地球のC循環を考えてみる。海と森林・土壌が約半々で全部で2000億トンのCが自然発生して自然吸収をしている。その循環の中に人は住み、人間の出している70億トン分のCだけ増えていっている。この中で森林伐採で10〜20億トンのC、化石燃料消費で60億トンのC。

 我々人間の呼吸量を計算すると、60億人で6億トンの排出になるから意外にも大きい。日本人の一人分の排出は、その30倍ぐらい。(日本全体では世界の5%)

 森林は炭素を蓄えてくれている。地上に3000億トン。土壌中に6000億トン以上のCを。

 この値が不思議にも大気中の量となんとなく近い数字であることに注目してみたい。

 これを減らすとすぐ大気に移行するし、一方吸収の効果も大きいと言える。

 全世界の森林面積は38億ha(日本の約100倍、地球の陸地の約30%)380億トンのCの吸収であるとの単純計算になる。

 この森林が地球上では毎年0・1億ha失われている。これもCの吸収源を失う形になっている。

 ここ20年で失なわれた森林は、3億haとの数値もある。これはCの吸収量で30億トン以上になる。

 人類の発展の歴史は森林破壊の歴史でもあった、その過去の復元は難しいとしても。この最近の3億ha分と今現在進行している破壊分ぐらいは人の力で戻したいものである。

 その最近失われた森林の面積も含めて考えると、幸いにも地球上には数億haの可植面積(あえて「幸いに」と「植えることのできる面積」と言います)があり、それは幸いさらに増えていることになる。年間0・2億haの復元ができたとして、30年たってこれが成木の葉で被われたとしたら、その時のその炭素吸収量は、大まかに1haあたり毎年10トンだとして1年に60億トンになる。

 この値を、前に述べた値と比較していただきたい。何と希望の持てる数字ではないか。

 ただ、すでにお気づきだと思うが、この面積は日本の中にはなく、開発途上国の中にあるのである。

 開発途上国での二酸化炭素排出は今後ある程度増える、先進国が省エネルギーを進め、リサイクルを進め、地球資源の総消費を少ない方向に進め得たとする。

 人口増はいつか止まり、全体の二酸化炭素排出を減らして、森林による吸収を増やして、早く地球を覆う大気の中のCの増加を止めねばならない。

 もし人が「木を植えることで欲望が満たされる」動物になるならば(人の変化は早いことがある)、他の努力とあいまって、地球は人間を持続的に生かさせてくれるのではないか。

 そして山に登る人間には、その先鞭をつける役があるのではないだろうか。

 これこそ未登の「エヴェレストより高い山」のひとつなのではないだろうか。

 人類の遭難を目前にして、体と汗でそれを防ぐことを始める。そういう名誉ある先導役を我々が担えないものかと思うのだ。

 近く創立100周年を迎えるこの機会に、パイオニアの集団として、このような視点と行動を持てないかと心から願うものである。

〈注・ここでは分かりやすいように、二酸化炭素を炭素換算して示し、炭素はCと表現した。使ったデーターは環境ハンドブック(産業環境管理協会)、地球環境情報(ダイアモンド社)、地球温暖化対策と環境税(ぎょうせい)、地球温暖化・日本はどうなる(環境庁・読売新聞)、環境リテラシー(リベルタ出版)その他であり、参考にした文献資料や情報の中の数字を基礎に計算して使った〉