2003年9月号
「ヒマラヤの東」 −チベットのアルプスへ−
中村保
 
チベットの州都ラサから車で東へ僅か2〜4日のところに”チベットのアルプス”と呼ぶにふさわしい魅力的な未踏のピ−クが意欲的なクライマ−の訪れを待っています。

5千万年前に大褶曲山脈ヒマラヤが生まれたときにチベット高原がつくられ、そのときの造山運動で激しく変形し特異な地勢が形成されました。私が「ヒマラヤの東」と名づけた山域です。中国南西部、西は東チベットの念青唐古拉山脈東部、カンリガルポ山群、横断山脈の深い浸食の国−梅里雪山周辺から、東は四川省西部の理塘高原からミンヤ・コンカ、四姑娘山に連なります。五つのアジアの大河が接近して南北に流れ深い峡谷をつくり、氷雪の山は険しく美しい。氷河の発達も顕著です。この広大な山域は、四川省の成都に近いミンヤ・コンカや四姑娘山などや、雲南の玉龍雪山と梅里雪山では登山が行われ、観光地化が進んでいますが、東チベットのアルプスはほとんど手つかずのままです。

目をみはるほど壮麗で峻険な6000mを超える未踏のピ−クが数えきれないくらいたくさんあるのが念青唐古拉山東部、カンリガルポ山群と深い浸食の国です。地政学的な理由もあって入域が難しく、世界で最後まで残されてきた処女地です。中国登山協会の人たちすらほとんど知りませんが、最近アメリカ、イギリス、ニュ−ジ−ランドの登山家たちが目をつけ始めました。

インド測量局のA−K、キングドン・ウォ−ド、ジョセフ・ロック、エリック・タイクマン、ペレイラ将軍など探検史を彩った多くの先駆者が十九世紀末から二十世紀前半にかけて地理上の探査・発見、植物採集、あるいは政治的調停のために広く足跡を残していますが、「ヒマラヤの東」全体を俯瞰的に表現する解説や記述は書かれていません。また、小平路線を継承する大西部開発が急ピッチで進められてきましたが、山域の全容を総括的に紹介する情報はありませんでした。

筆者はこの知られざる「ヒマラヤの東」の多様性豊かな中国南西辺境へ、1990年から踏査のために25回足を運び、登山・地理・民俗・地政学的視点・探検史を切口にして研究を続けてきました。その成果は著作と山岳誌への寄稿を通じて紹介してきました。ここに載せる未踏の山のイメ−ジは世界で初めて撮られた写真です。