2003年9月号
マッキンリー気象観測隊(第14次)に参加して
小川武
 
本年6月、マッキンリー気象観測隊に参加し、1966年の学生部初のアラスカ遠征隊以来、ようやく60歳にしてこの巨人の頂に立つことができた。

37年前、私たちは貨物船で太平洋を渡り、アラスカハイウエーを縦断して、やっとの思いでこの山を目にすることができた。

そしてそのときの遠征隊はマッキンリー3山のうち、ハンター峰の第3登、フォラカー峰の北東稜を初登攀し、これも第3登を記録した。登攀中いつも、マッキンリーは我々の頭上に高く白く輝いていた。

あの頃私たちは若くて強く、そして貧しかった。たった500ドルの外貨持ち出し枠ではカヒルトナ氷河のランディングポイントから帰りの飛行機代もなく、1週間がかりで必死に氷河を下り、川を泳ぎ渡り、草原を横切り、徒歩でタルキートナーの飛行場まで帰ってきた。あれから37年、青春時代の夢を実現すべく訪れたタルキートナーは大きな観光地となり、砂利敷だった飛行場は立派に整備され、氷河上のランディングポイントには登山隊のテント村ができていた。

今年のマッキンリー入山者は最終的には1000名を越えていたが、ゴミの完全持ち帰りと、トイレの携帯が義務づけられており気持ち良く登山することができた。

登山中天候に恵まれたとは言い難いが、山頂に立った日はよく晴れて、フォラカー峰、ハンター峰が西日に輝き、ふたつの山の間を長大なカヒルトナ氷河が遠く続くはるか彼方まで見晴らすことができた。

気象観測隊には、山頂直下に設置されている観測機器の取り替えと、データの回収という目的があり、その使命感を持った若者たちに励まされながら、すがすがしい山登りができた。

アンカレッジへ帰る日、タルキートナーの村はずれにあるメモリアルパークに行った。ここにはマッキンリーで亡くなった方々の名前が刻まれた碑があり、植村直己さんをはじめ日本の登山家の名や、昔お世話になったブッシュパイロットのドン・シェルダンの名前が静かに夏の花にかこまれていた。