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●対象:荒沢岳蛇子沢左俣(事故中退)
●期間:9/18〜19
●メンバー:榎並、山田(慶應大学山岳部OB会)
9/19(日)、蛇子沢左俣大滝にて、リード中の榎並が5m墜落、グランドフォールし腰から背中を強打する事故を起こしました。幸い、歩行に支障はなく、その場で遡行中止を決め、藪漕ぎで夏道に逃げ、無事下山しました。以下、事故以前の行動記録と、事故の報告・反省のまとめです。
17日 塩沢PAで仮眠。
18日 (曇一時晴)
石抱橋に車をデポ。これから難しい沢に入ると緊張感を持ってみる、越後駒に当たる朝日の景色は、引き締まって美しく眠気はふっ飛ぶ。
7:10発、ほとんどアプローチなしですぐ蛇子沢入渓。
入渓後しばらくは水量も少なく穏やかな流れだが、やがて側壁が立ち、魚止めの滝7mが現われる。右壁の草付き泥壁を巻くが、結構悪く、さすが本家、越後の沢である。6m程の斜め懸垂で落ち口に下りる。
ここから前クラ沢出合までは特に難所はないが、ゴルジュ状の所が多い。天気が崩れ、上部にガスが立ちこめていることもあり陰鬱な感じだ。
前クラ沢出合8:50-9:10。この後すぐ、下部の核心と言われる4段40m滝だ。資料には「左の悪い草付バンドから2段目落口に出る」とあるが、少し手前から右の緩い草付き帯を全く問題なく巻くことが出来た。
続く、6mはワンポイント、残置ボルトの人工でよいしょと上がるが、これも楽だ。
最後の2段6mネジレ滝は、一段目は流木を利用し這い上がり、2段目は右コーナーを空身で上がった。
沢は開け二俣に着く(9:45-9:50)。緩やかに右へ曲がる右俣と対称照的に、左俣がガスの中に、まるで地獄への階段のように一気に高度を上げている様子が見える。
その左俣に入りまず小滝を幾つか越えると、20m滝が現われる。下から見た感じ、逆層で非常に悪そうに見えたので、あれこれルートを探す。水流のすぐ右を榎並が空身でリードするが、そこまで悪くはなかった。
この上の15m滝を左の草付きから巻きながら、振り返ればガスの中に二俣はまだほんのすぐ下に見える。この先には、ブロック状に残ったスノーブリッジの残骸が現われ、この倒壊に警戒しながら横の5m滝間隔を空けて通過。
続く15mは直登も可能そうだが、濡れるのが嫌なので、右のルンゼから小さく巻く。
さらに30mトヨ状斜バクは快適に直登するが、先の12m直バクが全く手に負えなさそうなので、さっきのルンゼとの間の草付リッジを巻くことに。
このあたり急展開で続く滝を、あれこれと手を尽くしクリアしてゆく、沢登りのおもしろさが凝縮されていて非常に楽しい。
しかしまだまだ難所は続く。左岸を巻きながら、沢床へ下りるポイントを探っていると、沢の先にのスノーブリッジの姿が濃いガスの中に切れ切れに見える。ひとまず懸垂し、スノーブリッジを偵察、左に巻き上がれる目星をつけてからロープを回収。このスノーブリッジ、右の末端5mあまりは脚が浮き上がった状態で、なんでこれで倒壊しないか不思議な、末期的様相だ。
左に山田リードで巻き始めるが、濡れた岩の上に触れれば落ちる草と泥がのった非常に悪い。ザイル一杯、斜上し潅木に辿りつき、この5m程上のよりしっかりとした潅木から、ロープ2本で斜め懸垂に入る。手前からはよく確認出来なかったが、スノーブリッジの上流側半分は倒壊しブロックが積み重なった状態で、10mあまりの氷の塊が立てっていたり、まるでセラック帯のようだ。その上に降り立ち、それを縫うように進み、埋まった15m程の滝の上で地面に立つ。
この上で右から滝となって落ち込む顕著な沢を合わせ、次のブリッジの残骸を越えると10mの滝。これは小さく巻くつもりだったが、右に大きく追い上げられてしまい、また悪い草付になりロープを出す。潅木とのコンタクトラインまで上がると、この頃には晴れ間が見え始め、左俣大滝が前方に姿を表す。思わずそのまま巻いてしまおうかとの案もあるが、1本ルンゼをまたいだ先で30mの懸垂、沢床に立つ。
そろそろいい時間なので、大滝手前のわずかな河原を幕場に決め(16:00)、偵察に行く。
大滝は遠くからだと、ハングから水が舞う右側しか見えず全くもって絶望的に見えるが、近づくと資料にあるように左側のチムニー〜カンテがルートになるのがわかる。(なお、この滝が「関東周辺の沢」でいう「円型劇場の滝」と同一の滝なのかは、前著がほとんど雪渓の埋まった時期の記録なだけにイマイチ周囲の状況が判然とせず不明。)このときは、腹も減っており、そう真面目に様子を見るわけでもなく、幕場に戻った。
幕場は両岸、草付き状の側壁が40m程立った狭いゴルジュの中に、わずかにせりあがった河原で、いかにもまずい場所だ。側壁に詰まった浮石を落とす気休めの落石対策をし、夜は2回起きて水位をチェックすることにした。しかし天候は空一面の星空となるほど回復し、2回のチェックこそしたものの、快眠することが出来た。
19日 (晴)
4:00起床、6:10発、すぐ榎並が空身で大滝に取り付く。
左の顕著なチムニーの取り付きのテラスまでには二つのルートが考えられる。
一つは水流のすぐ右から取り付き、頭を1m程の小ハングに抑えられた外傾、左斜上バンドを登るもの。もう一つは、もっと水流から離れた左のツルツルフェースを登るもの。このときはさほど考えることなく、前者のルートを選んだ。
4m程はすんなり上がるが、この先からきつくなる。まずランニングにハーケン1本を取る。1,2歩、上に上がるが不安になり、さっきのすぐ上にもう1本打ち足す。この後、しばらくその場で探るが、どうにも厳しい。
1本目のハーケンはしっかり効いているとの認識だったので、これに足をかけ、やや効きが甘いと思われる2本目にA0する。始めは下向きに引いていたため抜けなかったのが、おそらく横から上向きにそれを引いたためであろう、ハーケンが抜ける。何が起きたかも分からないまま、あっという間に5mにグランドフォール。ビレイヤーの山田さん、いわく1本目のハーケンもあっさり抜けたという。体を曲げるように落ちたので、腰から地に着く。ザックを背負っていないのでクッションの役割が働かず、狭い範囲に全衝撃がかかったため強打する。不思議なもので落ちてすぐ、どのくらいのダメージかもしれぬ得たいの知れぬ痛みを感じながらでも、頭はいろいろ考えが回った。どうにも落ちた事実が悔しく、まわりの小石をつかみ、「くそっ」とあたりに投げる一方、稜線まで藪を漕いでエスケープする選択肢を冷静に思い浮かべた。
山田さんに促され、ひとまず落ちた15cmあまりの水の中から、河原に動き横になると、冷たい水に漬かったことに墜落のショックのせいか体ががくがく震えた。
しばらく落ち着くのを待ち、あたりを歩いてみる。歩行にはそれほど支障はないが、痛みはひかず右の前クラ尾根にエスケープすることを決める。山田さんに共用装備を一部持ってもらい、昨日懸垂で降り立った場所まで戻る。
ここから草付き帯を山田さんリードで1ピッチ登り返す。ペースがなかなか上がらないが、緩いスラブを詰め、しばらくの藪漕ぎで前クラの100mほど荒沢岳寄りの夏道に9:45着。
ゆっくり休みながら下り、石抱橋13:35下山。
5mグランドフォールしながら無事下山出来たのは
@落ちた場所に大きな石がなかった
A2時間余りで夏道にエスケープ出来る場所であった
ことによる。
下にとがった石があったら…、飯豊・朝日のように下山に何日にもかかる沢であったら…と考えると、今回は非常に幸運だったといえよう。
事故の直接の原因は、ハーケンが抜けたことである。しかしより深く事故の背景を分析すると以下のことが挙げられる。
@プロテクションセットに対する認識の甘さ
以前から自分の中でハーケン打ちなど、「確実に支点をセットする力」が不足しているとの課題意識を持っていた。例えば、オツルミズのような大きな滝を浮かべるとき、登攀能力のプレッシャーと共に、滝の途中で自分の セットしたピンでビレイをすることに大きなプレッシャーを感じていた。にも関わらず、今年に入って結局1度もゲレンデにいかず、それをそのままにしておいた。それでいて当の本場で、始めて自分の打ったピンにAO,A1するという行動は明らかに軽率であった。
A朝イチの行動で感覚が鈍っていたこと
通常の適度の緊張感を持っての行動と異なり、幕場を出ていきなりの登攀で感覚が鈍っていたのではないかと考えられる。滝下で、さほど考えることなくすぐ取り付いたこと、さして抵抗なく自分の打ったピンにAOしたことなどは、その影響ではないかと思われる。
Bルートファインディングミス
前述のようにチムニーの取り付きのテラスまでは2つのルートが考えられた。左のルートを登ったわけでないのでわからないが、今回とったルートが難しいルートであることは確かなので、左のが正解なのかもしれない。
C実力不相応の対象を選んだこと
当初予定していた9/24〜26の水無川北沢という目標が、仕事の都合で流れたことで、残り少ない沢シーズンにあせり、実力とかけ離れた対象を選んだのではないか?。その際、「沢登りの総合力」という得たいの知れね力を過信し、今回の沢に必要な登攀力が自分に備わっているかの検討を怠ったのではないか?。
いずれにせよ、今回の事故の教訓を大切に、今後の自分の登山の安全を図ってゆきたい。
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