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●対象:黒部川横断/真砂岳〜雲ノ平〜薬師岳
●期間:3/15〜22
●メンバー:榎並、川島、牧野 (慶応大学山岳部)
3/14 夜新宿発
3/15 (雪)
七倉6:50〜林道終点11:10〜湯俣TS15:25
高瀬ダム沿いをとぼとぼ造む.南岸低気圧が三陸沖に進み、州沿いを吹き抜ける風で雪が舞い、かったるい入山日だ。
ダムの終わりからは、夏道にこだわらず広い河原を交互に拾いながら行く方が早い。
3/16 (快晴のち曇)
TS5:30〜1644mP7:40-7:50〜2150mTS14:30
晴嵐荘の裏から取り付いてすぐ雪壁の急登。また、1644mP付近は南側がガレており、コルへは北側の樹林帯を懸垂で降りて回り込む。そのコルからすぐ上の1690mPへも雪壁の急登。この後は、だいぶ登りやすくなる。
しかし、このあたりから私は体がえらく不調でラッセルするトップについて行くのがやっとで、40分毎に休みなんとかごまかしながら登る。テン場について熱を計ると39℃あった。
3/17 (雪) 停滞
私の熱が引かず停滞。なんとも情けない。コーチ会の「この対象は厳しいんじゃないの」の声に、大見得切って出ておいてこれである。まして、私以外は新2年2名のメンバー構成である、無理は絶対出来ないしリーダーは孤独である。シュラフの中で見るのは敗退して帰る夢、冷や汗だらだら。
3/18 (快晴)
TS10:30〜湯俣岳12:35-12:55〜2350mTS14:30
熱は37℃まで引き、また無風快晴の好条件なので、半日動く。この後もそうひどくはならないが、37℃の微熱が下山まで続いた。湯俣岳まで登ると視界が講け、間近の硫黄尾根に北鎌尾根が重なる好展望だ。2409mP付近の森林限界に絶好のテン場を見付け、そこまでとする。
3/19 (晴のち曇)
TS5:45〜南真砂岳7:40〜真砂岳10:20〜水晶小屋13:15-25〜ワリモ乗越TS14:20
2409mPからのガレ場は、北側を巻き問題なし。快調に南真砂岳を越える。真砂岳下2700m付近は崩壊質の急な稜線となるが、ここも北東側の雪面を拾いうまく巻く。真砂岳からの裏銀座の主稜線もすいすい。東沢乗越から水晶小屋への登りは、風が出る中、小岩峰を一つ一つ北側を巻いて行く。しかし、このメンバー構成だとコンテを組むより、私が悪場毎、前に出てルートを見ながら進んだ方が安全と考え、ノーロープで水晶小屋まで上がる。ここからはなだらかな稜線だが、風が強くなり地吹雪のような状態になり、行動が厳しくワリモ乗越の二重山稜の間に設営。
3/20 (吹雪) 停滞
沿海州の低気圧が樺太に進み大発達。羽田空港が強風で閉鎖されたことを告げるラジオの声。それもバタバタ揺れるテントの昔にかき消される。新品で快適なはずのエスパースIIとしたことが、風と共にテント内に水滴が降り、不快極まりない。昼過ぎに寒冷前線が通過すると、だいぶ風は弱まった。
3/21 (曇一時快晴)
TS7:05〜雲ノ平山荘8:55〜〜薬師沢出合(含1P)11:35−12:35〜赤木平下2330mTS15:00
45分寝坊、頂けない。祖父岳からいよいよ雲ノ平へ入る。大平原をアイゼンさくさくで快調に進む。黒部五郎、薬師、水晶と周り全て山の、北アのど真ん中。退路を絶って谷に進むゾクゾグの緊張感というより、周囲の山との一体感に包まれた至福の喜びを感じられるのが、上の廊下の明るさ、懐の広さであろう。
進むにつれ正面の薬師がどんどんでかくなり、東面の雪稜が目に付く。薬師東面はそのアプローチの長さ故、記録の少ない未開のエリアであり、大学山岳部の春山として絶好の目標になるように思う。剣まで縦走すれば最高であろう。
雲ノ平西端からほぼ夏道通しに薬師沢出合に下りる。薬師沢のほぼ向かいに落ちる切れ込みの深い枝択が目安になろう。夏道の吊橋はこの枝択の左に掛かっているが、枝沢の左は最後が非常に急なので、右岸を進み最後は枝択に入るようにし黒部川に降り立つ、我々のルートで正解だろう。
黒部川は半分位の場所で雪に埋まっているが、水の見える部分ではさすがに力強い流れを見せている。春の明るい陽射しは谷底まで届いているが、それでも谷底は両岸15m余り深く切れており、来るところまで来たな、という感じだ。
40m程、不安定な雪の載った吊橋をザイルを付け、立て膝で怖々渡る。少し登り返した、カベッケが原の雪原は、非常に気持ちのよい場所で、牧野日く“秘密の場所”、この言葉が合う。
さらに赤木平の下まで、一気に実動2.5日分を消化した。まさにこの山のハイライトの一日だった。
3/22 (晴のち曇一時雪)
TS5:45〜北ノ俣岳7:20〜9:15寺地山9:30〜打保14:40
赤木平から薬師沢左俣の源流を突っ切り、朝日と雲ノ平を背に北ノ俣岳の東の広大な斜面を上がる。緩やかでまたクラストした快適な斜面で、稜線に出る所も雪屈はない。
ここからは神岡新道を下降。この神岡新道から薬師というコースは、「下級生が多くザイルを使えないけど長いものをやりたい」というコンセプトの際に、お薦めである。私が1年の時の初冬山行がそうであった。途中からは微かに残るトレースに乗り、ぐんぐん下り打保下山。
結果的に実動9の所を5.5に縮め、8日で下山した。また、リーダーの私が、体調管理の甘さから風邪をこしらせたのは論外である。しかし、既成ルートに囚われないで自ら美しいラインを引く、私のやりたい山登りを、苦しい部員構成の中で出来た事に大いに満足している。ザイルを出したのはわずか2回だが、それ以前の根源的な山登りの力が問われる中、皆よくやったと評価したい。
最後にこの山域(神岡新道は除く)の資料を列記する。どれも記録としてだけでなく、読み物としても非常に面白い。我々のように、“渡っただけ”ではなく、もっと大きな事の出来る大学山岳部向けの山域である。素晴らしい横断行を期待したい。
- 岳人535号 39p 真砂岳から雲ノ平、薬師岳中央稜 和田城志(サンナビキ同人)
- 岳人576号 55p 「黒部再び」 中島俊弥(昭和山岳会)
- 黒部雪山 酒井国光(昭和山岳会)
- 明治 炉端第9号 246p 屏風尾根、湯俣尾根から水晶岳
- 法政 時報1993 27p 冬山合宿
- 日大 会報30号34p 黒部をめぐる僕の冒険 山本茂久
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