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2012年
立山連峰の積雪と氷河 飯田 肇(立山カルデラ砂防博物館) 会報「山」809(2012年10月号) 

立山連峰の積雪と氷河

           飯田肇(支山カルデラ砂防博物館)

今年4月、立山連峰・剱岳にある3つの万年雪「御前沢雪渓」「小窓雪渓」「三ノ窓雪渓」が、日本初の、現在も活動する氷河であると学術的に認められた。立山カルデラ砂防博物館では2009年から調査を続け、今回の発表に至った。調査の中心となった飯田肇会員に、立山連峰の積雪および、3つの氷河について説明してもらう。

はじめに
 立山連峰にはさまざまな時間スケールを持つ雪が存在する。春の立山の風物詩である雪の大谷「雪の壁」は季節積雪であるが、稜線付近には多年性雪渓が分布する。
最近の研究から、とくに規模が人きな多年性雪渓のなかには、日本で唯一の現存する水河があることが確認された。立山連峰の知られざる雪の姿を眺めてみよう。

1年間の積雪 
 図1に、立山西斜面に沿った平野から立山までの積雪深の季節変化を示す。雪に覆われた期間をみると、標高10メートルの富山市内では1月から3月中旬までだが、標高2450メートルの室堂平では10月から7月中旬までとなり、なんと9ヵ月間も地面が顔を出さないことになる。

 また、一般に標高が増すほど積雪深が増え、富山市の最大積雪深が71センチなのに対し、室堂平では870センチで、10倍以上の値となっている。一方、標高1000メートルの美女平では450センチで、ちょうど中間の値を示す。

 春の立山の風物詩は、雪の大谷「雪の壁」だ(写真1)。雪の大谷は室堂平でもとくに積雪が多い場所で、その積雪深は15〜20メートルにも達する。立山のような高山では雪は風を伴って降るため、風で雪が吹き飛ばされる場所(吹き払い)と、風に運ばれた雪が溜まる場所(吹きだまり)ができるし雪の大谷は典型的な吹きだまりであるため、降雪と飛雪が合わさり多量の積雪深となる。まさに世界でも有数の豪雪地帯である。

 図2に、レザースキャン測量で計測された雪の大谷付近の積雪深分布を示す(iida、2008)。これより、雪の大谷(図2内「A」印)では積雪深が15〜20メートルとなっているが、すぐ西側の尾根部では1メートル程度であり、大きな差がある。このような積雪深が風上側の尾根で少なく風下側の谷で多い傾向は、立山全休にみられる。さらに注目したいのは、雪の壁の積雪は晩夏から初秋までにすべて融けて消失してしまうことだ。多量に積もり多量に融けることが立山の積雪の大きな特徴といえる。

 それでは、立山の降雪量(冬期降水量)はどのように測ればよいのだろうか。
 高山では珍しく平坦な室堂平の積雪深は、その付近の降水量を反映した平均的な値を示すと考えられる。 そこで、室堂平の平坦部において積雪深を多点で測定し、その平均値を示す地点で毎春3月下旬(最大積雪深時期)に積雪断面観測を実施している。

 図3に2002年から2007年までの観測結果を示す。室堂平の最大積雪深は6メートル〜9メートルで推移している。また、室堂平の雪の密度は400キロ/平方メートル〜500キロ/平方メートルに達する。これより冬期降水量を求めると、5年間の最大値は2003年冬期の4345ミリ、最小値は2004年冬期の2759ミリとなった。5冬期間平均すると3264ミリで、冬期の雪だけでも3000ミリを超す降水量があることがわかる。富山市の年降水量の平年値は2245ミリで、室堂平の冬の雪だけで富山市の2年分の降水量にあたる。

多年性雪渓
 立山連峰の3000メートル級の主稜線の東側にはとくに積雪が多い地帯が存在する。。冬期の間、北西の季節風とともに降雪がもたらされるため、稜線の風下側に多量の吹きだまりが発生し、さらに雪崩による堆積が加わってその積雪深は20メートル以上に達する。このような場所では、積雪は越年して残り続ける。これを「多年性雪渓」と呼んでいる。立山連峰には、御前沢雪渓、内蔵助雪渓、剱沢雪渓、三ノ窓雪渓、小窓雪渓などの多年性雪渓があり、日本で一番多く分布している。

 規模の大きな多年性雪渓のひとつである内蔵助雪渓では、氷体の詳しい調査が実施されている。
内蔵助雪渓は、立山(3015メートル)東面の内蔵助カール内に位置し、下部に厚さ30メートルにも及ぶ氷体が存
在する(写真2)。末端には氷河が存在した証拠となるエンドモレーンがみられる。残雪が少ない年の10月、大きさが最小になる頃に雪渓を訪ねると、まるでヒマラヤの氷河のような景観だ。雪渓表面に氷が露出し、幾筋もの水流がみられる。水の集まる所には氷の縦穴(ムーラン)が数十個口を開けていて深さは20メートルに達する。

 名古屋大学などによってムーランに潜っての調査が実施された(写真3)ところ、穴の内壁からは、何回もの透明氷の層や汚れ層が見つかった(写真4)。また、5メートルの深さを境に水中に不整合面が存在し、その上部では氷の結品粒が小さく、雪渓表面に近い水平な層構造をしているが、下部では40度以上の急傾斜で下流方向にせり上がり、氷の結晶粒も飛躍的に大きくなっていた。さらに底部では、底の岩石が氷の層に沿って持ち上げられた、氷河の流動の痕跡を示すスラスト構造もみられた(飯田他、1990)

 さらに、底近くの水中から木片及び葉片を採取し年代測定を行なったところ、約1700年前という結果が得られた。不整合面の少し下の層より採取された木片は約900年前という結果を示した(樋口他、1988)。これらの結果から、下部の氷体は約900〜1700年前に形成されたものであると推定され、日本最古の氷河氷ということができる。

 これらより、内蔵助雪渓はかつて存在した氷河の氷が融けきらずに残存している、いわば「氷河の化石」であることがわかった。現在のところ内蔵助雪渓では氷体の流動が観測されておらず、現存する氷河と確認するには至っていない。

現存する氷河
 氷河とは、「重力によって長期間にわたり連続して流動する雪氷体」(日本雪氷学会編『雪と氷の辞典』、2005年)と定義され、厚い氷休をもつこと、氷体が流動していることがその条件となる。
 それでは、立山連峰の多年性雪渓のなかに氷河は現存していないだろうか。

 このことを確認するために、立山カルデラ砂防博物館の研究チーム(福井幸太郎、飯田肇)は、立山連峰に存在する多年性雪渓のなかでとくに厚い本体をもつ、立山東面の御前沢雪渓(写真5)、剱岳東面の三ノ窓雪渓、小窓雪渓(写真6)において氷の厚さと流動の観測を実施した。

 剱岳にある小窓雪渓および三ノ窓雪渓では、2011年6月にアイスレーダー観測を行ない、厚さ30メートル以上、長さ900〜1200メートルに達する日本最大級の長大な氷体の存在を確認した(図4)。

 また、同年9〜10月に行なった高精度GPSを使った流動観測の結果、小窓、三ノ窓両雪渓の氷体では、1ヵ月間に最大30センチを超える比較的大きな水平方向の流動が観測された(図5)。流動観測を行なった秋の時期は融雪末期にあたり、積雪荷重がもっとも小さく流動速度が1年でもっとも小さい時期にあたると考えられる。このため、小窓雪渓および三ノ窓両雪渓は、日本では未報告であった現存する「氷河」であると考えられる。

 立山東面の御前沢雪渓では、2009年秋にアイスレーダー観測を行ない、雪渓下流部に厚さ27メートル長さ約400メートルの氷体を確認した。
2010年と11年の秋に高精度GPSを使って本体の流動観測を行なった結果、誤差以上の有意な水平方向の流動が観測された。流動速度は1ヵ月あたり10センチ以下と小さいものの、2年連続で秋の時期に流動していることから、御前沢雪渓も現存する「氷河」であると考えられる。

 これらの結果は、日本雪氷学会に学術論文として投稿、受理され、立山・剱岳の3つの多年性雪渓は現存する氷河と学術的に認められた(福井・飯田、2012)。
 これにより、極東地域の氷河の南限が、カムチャツカ半島から立山まで大きくく南下することになる。

おわりに
 これまで見てきたように、立山連峰の雪は、その量、質、時間スケールで国内に比類のないさまざまな特色をもつ。また、世界的に見ても、ひと冬で20メートル近く積もった雪がひと夏ですべて融解するような現象はたいへん珍しい。さらに、氷河が現存することが確認されたことにより、立山連峰の雪氷の学術的な価値がより高まったと考えられる。
 これを契機に、まだ未知の部分の多い立山連峰の雪氷についての今後のますますの調査研究が期待される。

参考文献
 Hajime IIDA:Characteristics of Snow Distribution on the West Facing Slope of Mt.Tateyama. Northern Japanese Alps(2008)Proceedings of 36th IAH(2008) congress T5、1-6
飯田肇・竹中修平・上田豊・伏見碩二(1990):北アルプス内蔵助雪渓氷体の内部構造・樋口敬二編:日本最古の化石氷体(北アルプス内蔵助沢)の構造と形状に関する研究・平成元年度科学研究費補助金(総合研究A)研究成果報告書、19−30・樋口敬二・山本勝弘・吉田稔・大畑哲夫(1988):北アルプス内蔵助雪渓の下部本体の形成年代について・名占屋大学加速器質量分析計業務報告書(1)、33−35・福井幸太郎・飯田肇(2012):飛騨山脈、立山・剱山域の3つの多年性雪渓の氷厚と流動−日本に現存する氷河の可能性について−雪氷88・

山(809)2012/10


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