科学委員会
KAGAKU                          シンポジウム   

1986年
シンポジウム「ヒマラヤの自然保護と利用開発との調和」 
1986(昭和61) 11月15日(土)
東京都教育会館3F
共催:日本ネパール協会、自然保護委員会
基調講演:川喜多二郎(日ネ協会々長)
大場秀章(東大綜合研究資料館)
松浦嘉雄(日本鳥類保護連盟主任研究員)
小島 覚(富山大学教授)
新津晃一(国際キリスト教大学準教授)
千葉重美(関東学院大講師)
参加者:  報告:山499-1987/1   予稿集:8P

報告(科学研究委・自然保護委)

 第四回 ヒマラヤのエコロジー シンポジウム
―ヒマラヤの自然の保護と利用開発との調和―


日時:昭和61年11月15日(土)
   午後1時半〜5時半
場所:東京都教育会館三階鶴の聞
主催:(社)日本ネパール協会
    (社)日本山岳会・科学研究委・自然保護委

 第4回を迎えたヒマラヤのエコロジーシンポジウムは人間の関与する部分を主題に採り上げ、自然保護と利用開発の調和について論じられた。
 講師は川喜田二郎、大場秀章、杉浦嘉雄、小島覚、新津晃二並びに千葉重美の6氏で、高橋詢委員の司会で進められた。詳細はシンポジウムネパールの一部として今年出版されるが、ここでは各氏の発言の要約を紹介したい。

 「基調講演」日ネ協会々長川喜田二郎氏。
 ネパールの自然は美しく、人々は純朴だが、自然環境ないし人口増加という点から見ると行政能力の限界にも達し、将に危機的状況にある。その原因として同国の近代化路線や経済上の行詰りの他、政情不安や麻薬禍なども考えられるが、現実にはそれを具体的にどう解決してゆくか、その方法が何にもまして求められている状況だ。

 ここで私は民間活力の起用に期待したい。人間まで含めた生態圏(生態区)は局所的な特徴が著しく、例えば標高が500メートル異れば対処の方法を根本的に変える必要のある場合もある。これに対し、中央政府の一律的な施策が有効でないのは当然である。これに対しTVAにおけるテネシー河流域の住民パワーが素晴らしかったように、民間活力は頼もしく、且つネパール僻地にも、そのような活力は十分あると考えられるからである。

 外国からのボランティア活動にも期待したいが、日本からも此の際適正技術の導入、情報処理法、あるいは教育面などで協力したいものだ。

 「ヒマラヤの植生の特徴と現状」 東大綜合研究資料館教授 大場秀章氏
 ヒマラヤの4000メートル以上の高地にはユキノシタ、リンドウ、サクラソウの類など約1200種の高山植物が見られ、そのうち60%はヒマラヤだけで見られる種である。雪解けから冠雪まで6〜8週間しかない場所もあるので、如何に有効に開花、結実するかについて何万年もの間に培われた絶妙な生態も観察される。たとえば一輪咲のトリカブトの類に見られる小型化、地面に這うように葉を拡げた地熱利用法、あるいはマンテマ類のように花が袋状となり、強風下でも虫媒が入念に行なわれる仕組などである。

 高度か下ると森林の伐採や草原の破壊がすさまじい。人口増や過放牧によるものであるが、自然はひとたび裸地になると、先ず1〜2年草、続いて多年草が生え、やがて低木林から陽樹林、その後やっと陰樹林になるといった具合で、再生には何百年という年月がかかる。今後は各地域毎に総合アセスメントを実施し、再生可能な見通しの下に自然に対処していかなくてはならない。

 「絶滅に瀕しているネパールの鳥類とその保護増殖対策」 (財)日本鳥類保護連盟主任研究員杉浦嘉雄氏。
 日本で見られる鳥は500種であるのに、面積が日本の4分の1で、海岸線もないネパールには900種もの鳥が見られる。これはネパールが熱帯から氷雪地帯まで含み、多様な森に恵まれているためである。

 しかし近年、ネパールの森林の減少や環境の変化、さらに人為的な捕獲のため、絶滅に瀕している鳥も目立つようになってきた。今回はキジに限って話したい。

 ネパールのキジ類では、現在、チベットセッケイ、ニジキジ(黒鳥)、カンムリキジ、ヒオドシジュケイが絶滅に瀕しており、ハイイロジュケイ、ハイバラジュケイ、ジュケイの3種も、隣国などに生息の可能性はあるが、数少くなってきて’いる。

  偶々わが国では九州北部にだけ庄むアカヤマドリや、九州北部にだけ住むコジロヤマドリなどについて既に効率のよい人工授精の方法か確立されているので、この方法を上記キジ編に適用すべく 検討中である。

  「ヒマラヤの地表・森林の崩壊状況とその保全 ・生活との関係」富山大学教授小島覚氏。
  数日前3カ月のネパールの旅から帰国したが、現地の自然の荒廃は予想以上に急速に進行し、特に標高の高い土地に人為的影響がよく及び、危機的な状況になっているのが印象的であった。

  その原因の第一はネ。クールの地質の脆弱さであ る。ちょうどプレートの衝突部に当り地形は急峻、且つ変成岩地帯で崩れ易い上、気候的にも高温・低温、多雨・乾燥などそれぞれ風化を助長している。第二は人口過剰の圧力で、焼畑、薪炭、用材、放牧などのため、全森林の50%が、この50年間に失われた。

  そしてこれらの結果、斜面は崩壊して濁流となり、さらに土石流となったり、下流地域に氾濫を起したりしている。現在1万5千平方粁の土地が土砂で埋って不毛の地となっている。一方、保水能力も低下して乾期には渇水となっている。

  今後ネパールでは環境容量の見地から人及び家畜数は是非制限しなくてはならない。さらに文盲率90%を何とか減らして、環境保全乃至自主的な再生産への道を教育すべきであろう。

 「ネパ−ルの人口勣態と自然環境の問題点」国際キリスト教大学準教授新津晃一氏。
 ネパールは南部のタライ平原地域と、中部丘陵地帯、並びに北部のヒマラヤ山岳地域に大別できる。これを比較したのが表1である。

 ネパールは人口急増の結果、耕地拡大、薪炭木材の需要の増加、家畜数増加が起り、森林面積の激減や土地の不毛化が生じた。特に北部では人間が生活できるか否かの極限に達し、既に南方への人口の押出し現象が始まっている。現在ではタライ地方の住民もさらにインドその他に出稼ぎに出ている有様である。

 しかも経済成長率は人口増加率を下回っていて、官僚の中には外国からの医療援助は当分の間不用と発言する者まで出ている有様である。すなわち幼児死亡率は15%と高く、平均寿命か男47.5歳、、女45.5歳と低いにも拘らず、ネパールでは家族人工計画の普及の方を優先させ、医療援助もこれらの計画と組んでなされるのでなければ受入れ難い状況にきている。

 人口的見地からも、自然環境の保全、災害防止、土地生産性の向上などは緊急を要する課題となっている。

 「地場産業の振興と自然の保全」 関東学院講師 千葉重美

山499 (1987/1月号)


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