AGC 分水嶺

AGC VOL 17

あの山(黒滝股山)踏査隊報告  

2005年5月11日

.栗生沢より黒滝股山への尾根を登り、県境稜線を大蔵山と男鹿岳方向に分けて中央分水嶺を踏査する。

参加メンバー:
(宿泊組)CL北野忠彦、平野彰、西村智磨子、鶴田泰子、井上希夫、井上千夏
(朝合流)近藤善則、今井秀正、森合孝信

以上9名

 

報告:平野 彰 記

5月2日 京浜東北線南浦和駅 11時定刻に出発した平野車(北野、西村、鶴田各氏同乗)は矢板付近での車両火災の煙の中を通過、危うく渋滞を逃れ、ほぼ予定時間に会津田島に到着。明日の登り口の』確認のため、栗生沢に向かうことにした。

4月3日の偵察のときは、水無の小出原まで積雪があり、ここから一時間弱ほどの歩行を強いられたが、雪は完全に消えているものの、凸凹道を慎重に簡易水道取水口まで入る。

偵察の時はP1095へは尾根筋をスノーシューを駆使して登ったが、アップダウンの多いこのコース、極力裾野を迂回すべく200m程奥へ入り込んでみたが大きな沢に突き当たりここを明日の登り口の候補として、帰路に着く。小出原の区長宅へ挨拶に寄ったが、留守のお婆さん、「沢から行ったほうがつかかんべ」(近いです)との話だった。さらに栗生沢の道の様子を確認したが、路はかなり奥まで続いている様子。帰りに「南稜会」元会長の渡辺衛私宅を訪問、山の様子を伺ったところ、沢はまだ雪が詰まっていて、今の時期は、尾根筋が無難だろうとのことであった。(日本酒2升の差し入れあり)。

5月3日 早朝 近藤、今井、森合の3氏が合流。天気は上々 8時 元気な女将の見送りを受けて、旅館を出発。水無川に掛かる橋の袂の材木置き場で作業中の古老に山の様子を尋ねてみた。我々が目指す南東方向の「黒滝股山」を「アノ山」と呼び南南東の谷の間に見えるやや白く雪を被った山を「黒滝山」と呼んでいた。明治9年発行の「若松県第一大区全図」にもこのような表記になっている。栗生沢の道がどこまでいけるか、今日はオフロード車もあり昨日よりさらに奥まで進んでみたが、2度目の渡渉箇所で断念。路はここから林の中をさらに奥まで続いているようだ。小出原の区長宅へ車デポのため挨拶に寄ると、山名については、材木置き場でのお爺さんと同様な表現であった。

N37°09′12.1″ E139°48′46.9″付近に車をデポ、9時55分 共同装備を分担後かなりの急斜面で立ち木も疎ら、落石にも注意しながら尾根を目指す。かつては炭焼き用の搬送に使われたのか索道が残置されている。11時50分ようやく尾根に取り付いたが、偵察時に到達したP1095より数10m先に過ぎない。期待の残雪は疎らで、足元に広がるヒバは想像以上の難儀であった。先頭の森合氏の苦労が思いやられるが、コースを的確に選んでいることに敬意を表する。数え切れない小さなピークを超え、15時55分 P1216到着

時間的に今日の行動はここまでとする。森合氏が適当なテント場を求め、空身で偵察に行ったが、やはりこの辺りが最適と戻ってきた。テント設営後、鶴田さん用意の夕食は、牛丼、カツ丼、麻婆丼、その他豊富なメニユーから選りどりみどり。飲み物もワイン、焼酎、ウイスキーとこれもまた豊富?であった。

5月4日 狭いテントで寝不足のまま起床、各自思い思いの朝食後6時出発。今朝も天気は快晴である。相変わらずヒバが歩行を鈍らせるが、さらに途中から笹もあらわれる。

黒滝股山への最後の登りは比較的雪が多く、藪よりは歩きやすく、順調に高度を稼ぐ。
7時15分黒滝股山頂上到着。この辺りでは目立つ山だが三角点は三等であり、文字面は真南である。5回の偵察でことごとく敗退した、中央分水嶺は目の前に広がっている。やっとここまで辿りついた感である。西方には、まだ真っ白な上越の山々をはじめ北東には朝日岳など那須連峰。南南西には目指す男鹿岳も顔を出している。まさに360度の展望だ。

30分ほど休憩後分水嶺へ。8時15分 分岐へ辿りつく。ここからは北東隊(今井、森合、西村、井上夫妻)と南西隊(北野、近藤、鶴田、平野)に別れ、それぞれ帰路の時間も考慮して、11時まで前進とする。トランシーバの感度を確認後それぞれの方向へ出発する。

我が南西隊は笹薮の中、急降下いくつかのアップダウンを繰り返す。部分的に残雪はあるものの殆ど藪の連続。冷たい風がややつよまる。途中数度トランシーバの呼びかけに北東隊の応答なし。P1360に10時40分到着。今回の前進はここまでとする。

このピークには幅約20m、長さ0cmほどの雪原。ここで水を補給、昼食とする。

帰路、枝尾根との分岐直下の笹薮の中で近藤さんの眼鏡が細枝に跳ね飛ばされ、見つからなかったのは、帰りの車の運転もあることで痛恨のアクシデントであった。

分岐点で北東隊と合流。ここで免許不要のトランシーバでは交信不能と判明。

黒滝股山(アノ山)を超えテント場へ15時30分帰着。

当初の踏査計画より実績は低いものの、漸く最大難関の分水嶺に到達できたことに満足し祝杯を挙げた。翌朝「ピーッピーッピー 」の鳥の声で目を覚ます

帰りは往路を忠実に戻るも、依然として藪の上り下りに時間がかかる。

偵察時P1175につけたリボンは、背伸びしても届かぬ高さになっていた。

この辺りは楢の木が多い。炭焼きの盛んだった頃が偲ばれる。P1095手前からの急な下りは、登り以上に気をつかう。10時 車のデポ地到着。きつかった3日間の行程の終わりだ。区長さんと渡辺氏は携帯で無事下山の報告をして、田島へ。駅前の食堂で祝杯を挙げるところだが、運転手が多いので、ここでは自粛する。

会津高原駅近くの「夢の湯」で3日間の汗を流し、ここで解散とした。

以上 平野 彰 記


踏査データ

Data:17-1
.

観測日:

2005/5/4

山地名:

黒滝股山

点名:

姉山

等級:

3等

GPS位置: 

標高: 

1405.7m

標石の方位:

標石の寸法:

保存状態: 

良好

該当地形図:
日光2号-3 栗生沢

備考:確認者
北野忠彦、平野彰、今井秀正、森合孝信、西村智磨子、鶴田泰子、井上希夫、井上千夏、近藤善則、

北東隊 最終到達点

Data:17-2
.

観測日:

2005/5/4

GPS位置: 

標高: 

該当地形図:
日光2号-3 栗生沢

備考:確認者
今井秀正、森合孝信、西村智磨子、井上希夫、井上千夏

南西隊最終到達点

Data:17-3
.

観測日:

2005/5/4

GPS位置: 

標高: 

該当地形図:
日光2号-3 栗生沢

備考:確認者
北野忠彦、平野彰、鶴田泰子、近藤善則

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