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日本山岳会 会報「山」11月号 巻頭記事より


日・中国交正常化30周年記念、国際山岳年記念日・中チョー・オユー女子友好合同登山隊2002 

橋本しをり



 日本山岳会は、1980年のチョモランマ峰登山を皮切りに、1988年日本・中国・ネパール三国チョモランマ合同登山、1990?1991年ナムチャバルワ、1995年マカルー東稜など、約20年にわたって中国における登山活動を継続し、同国登山界との交流を深めてきました。一方、日本山岳会による女性合同登山の歴史も古く、1968年の日本・インド合同カイラス峰(5656m)をはじめとし、1976年、同じくインドのイースト・アビ・ガミン峰(7355m)登頂が行われてきました。


■初の日中女子合同登山

 今回、本年の日中国交正常化30周年ならびに国際山岳年を記念し、中国チベット登山協会からの働きかけを受けて、2002年秋、世界第6位の高峰チョー・オユー峰(8201m)に、日中女子による当会初の合同登山隊を派遣し、両国のさらなる友好と交流の発展をはかるための登山が計画されました。

 登山隊の名称は日・中チョー・オユー女子友好合同登山隊2002(The Japanese-Chinese Women’s Mt. Cho-Oyu Expedition 2002 CJWCE 2002)であり、チョー・オユー峰のノーマルルートからの登頂、日中登山界の友好と交流の発展、日中女子登山者の交流の促進、高所における女性の医学研究を主な目的として組織されました。これは、これまで20余年に渡って中国における登山活動を継続してきた日本山岳会においても、初めての日・中女子の合同登山隊となりました。

 チョー・オユー峰自体は現在ではポピュラーな山であり、多くの日本人にも登られていますが、女性による2カ国の合同チームが8000m峰登山を行なったケースは日本ではきわめて稀であり、参加する日本側隊員にとっては、これまで情報の乏しかった中国の女性登山者と接し、彼女らと友好を深めることで、大変貴重な体験が得られました。


■日・中のメンバー

 日本隊は、大学時代に日本山岳会学生部で活動していた大学山岳部OGを中心に登山隊が組織されました。日本側隊長には、橋本しをり(東京女子医大山岳部、女子登攀クラブ、ザフロントランナーズクライミングクラブ)、登攀隊長を恩田真砂美(上智大学山岳会、クライミングファイト)がつとめ、隊員として井出里香(女子登攀クラブ)、柏澄子(獨協大学山岳会、オールラウンド・クライマーズ・クラブ)、大窪三恵(明治大学炉辺会、春日井山岳会)、足立道代(東京農業大学山岳会)が参加しました。中国側は、チベット登山隊に属する職業登山家が選ばれました。

 中国隊の総指揮は、チベット登山協会の張江援さんがとられ、中国側隊長は、桂桑(グイサン)、登攀隊長は吉吉(ジジ)、隊員として、普布卓(ププツォカ)、拉吉(ラージ)、倉拉(ツァンラ)が参加しました。今回の合同登山隊の総勢は、高所協力員である開村(リーダー)、拉巴、礼西次仁、加拉、丹増多吉、小斉米さんを含め、29名という大所帯でした。

 当初、ラサ大学の学生(数理学科、建築学科の2名)も中国隊に参加する予定でありましたが、直前に北京大学の学生がシシャパンマで遭難する事故があったことから、ラサ大学の方針で急遽不参加となったのは残念でした。

 中国隊のメンバーはチベット登山隊に属し、これまでにも欧米および日本の登山隊と多くの登山を行ってきた高所登山の専門家です。彼女たちはチベットに生まれ育ち、日々高所でのトレーニングをされており、たいへん屈強な方々でしたが、真珠をアクセサリーとして身につけられた方が多いのが印象的でした(ラサでは真珠がファッションとして流行しているとのことでした)。また、家庭をもたれお子さまのいる方もあり、登山隊としての任務と家庭との両立に取り組んでいました。


■調印式から登頂まで

 登山に先立っての調印式は北京の人民大会堂で行われ、日本からは、大塚博美会長、西村政晃常務理事が出席されました。

 登山の行程は、8月6日に日本隊は日本を出国し、バンコクを経て、8月7日にカトマンズ入りし、8月8日から16日まで、ネパール国内にて高所順応活動を行いました。その後、8月20日にラサに移動し、中国隊と合流しました。中国隊のメンバーは普段からラサの体育局登山隊の住居に住まれ、トレーニングを一緒にされていて、チームワークはよく整えられていました。

 8月25日にはともに、チョー・オユーベースキャンプ入りしました。中国隊との交渉に際し、日本人によくありがちな曖昧な表現ではなく、欧米人のようにはっきりと意志を伝えた方がよいということを感じました。 

 9月1日より登山開始し、高所順応しつつ、C1?C3のキャンプを設営し、この間、天候に恵まれない時期もありましたが、この時、支援隊の贄田さん、練木さん、坂本さんにベースキャンプまで差し入れを持って応援にきていただき、とても励みになりました。

 そして、10月1,2日の2日にわたり、南西稜からの登頂を試み、成果をあげることができました。登頂したのは、1日の第1次アタック隊の恩田真砂美登攀隊長、柏澄子隊員、大窪三恵隊員、中国隊の吉吉登攀隊長、拉吉隊員、普布卓隊員、2日の第2次アタック隊の足立道代隊員、中国隊の桂桑隊長、倉拉隊員でした。


■おわりに

 また、今回はインターネットのホームページを利用してラサやカトマンズの市街の様子や、登山隊の活動の進渉状況を日本におられる方々に配信するとともに、日本からはインターネットの掲示板を利用して、登山隊にメッセージを送れるようにしました。登山隊の活動をなるべくリアルタイムの情報として提供しようと試みたのですが、機器のトラブルなどもあり、情報の配信は遅れましたが、日本から多くのメッセージをいただき、たいへん励みになりました。

 ベースキャンプを撤収してラサに戻ってきたときに、ポタラ宮前の広場で歓迎式典が催されましたが、出席者の中に長尾悌夫副会長がいらっしゃるのに気づいた時は隊員一同とてもうれしく感じました。

 今回の合同登山の成功にあたり、日本山岳会ならびに中国チベット登山協会、チベット自治区人民政府、中国チベット自治区体育局の関係各位、およびご寄附をいただいた会員の方々、協賛各社にこの場をお借りして感謝いたします。


■日程

8月6日 日本隊成田より出国、バンコクへ
8月7日 バンコク?カトマンズ
8月8日〜16日 ネパール国内にて高所順応活動
8月20日 カトマンズ〜ラサ 中国隊と合流
8月21〜23日 ラサ滞在
8月23〜25日 ラサ〜シガツェ〜ティンリ
8月25日 チョー・オユーBC入り
9月1日 登山開始
10月1日 第1次隊登頂
10月2日 第2次隊登頂
10月9日 BC撤収
10月10〜11日 ティンリ〜シガツェ〜ラサ
10月11〜15日 ラサ滞在
10月15〜20日 カトマンズ滞在
10月20日 帰国                  

■各キャンプの標高

BC 5000b
ABC 5700b
C1 6400b
C2 7200b
C3 7500b
頂上 8201b



*写真キャプション
ABCからチョー・オユー峰を望む




登頂祝賀パーティー開催される

 日中国交正常化30周年を記念して行われた世界第6位の高峰チョー・オユー(8201m)女子合同登山隊の登頂祝賀パーティーが11月11日、東京新宿の中村屋で開かれた。

 会には、橋本隊長および4人の隊員、大塚会長ら日本山岳会会員、さらに後援した日本テレビ、東京読売新聞社などの関係者60人余りが出席した。

 大塚会長は「女子の合同登山はインド隊以来久し振りだが、8000mの高峰の合同登山成功は日本山岳会の100周年事業の登山につながる今後の大きなステップになる」と挨拶。

 橋本しをり隊長は改めて、恩田真砂美登攀隊長、井出里香隊員、柏澄子隊員、足立道代隊員の4人を紹介(大窪隊員は現在ネパール滞在中)。日本側総隊長を務めた長尾副会長の乾杯で懇談に入ったが、隊員を中心ににぎやかな歓談の輪ができ、楽しい祝賀会となった。

(今村千秋)





日本山岳会 平成14年度年次晩餐会での報告会

 12月7日、新高輪プリンスホテルで平成14年度年次晩餐会が開かれ、その前に、報告会が行われました。











中国チベット登山協会懇親パーティー

 12月9日、新宿中村屋にて、来日中の中国隊の歓迎会が開かれ、姫嘉総隊長以下12名のメンバーが参加しました。