中央分水嶺踏査登山活動報告

宮崎支部

今、分水嶺は最南端の佐多岬へ

 日本最北端の宗各岬を発した日本列島中央分水嶺は、山野・岩峰・田園を駆け巡り、ここ佐多岬に達する2004年12月11日午後2時25分、今まさに我々宮崎支部員6名は、分水頼最南端の岬へとその足跡を刻もうとしていた。

 宮崎支部分水額踏査班は、12月10日、4月の例会登山で計画した分水額踏査区間(荒西山〜六郎舘岳)を事前踏査し、翌11日、佐多町の田尻集落に近い佐多ビーチホテルで太平洋の朝日を拝し、内山会員と合流後佐多岬へと向かった。田尻集落のはずれから小ピークを目指し、獣道もない分水頴をタラノキやサルトリイバラに行く手を阻まれながら、三角点や独立標高点を辿り、太平洋戦争時の砲台跡らしきピークを最後に、展望台に到着したのは3時間後であった。ここで南日本新聞の山口支局長と合流し、もうこれ以上は進めない岬突端までの最終区間をそれぞれの思いで歩き、踏査を完了した。

 岬では、02年9月から土日の休みを利用して、錦江湾分水嶺単独完全踏査に挑戦し、47日日の今日、その目的を達成した内山会員の快挙に祝杯を挙げるとともに(ちなみに氏の51歳の誕生日でもあった)、日本列島中央分水頚の佐多岬到達というこ重の喜びを味わった。このあと、海岸沿いの岩場を伝うことで岬突端の崖下まで到達し、太平洋の荒波の洗礼を受け余韻を楽しんだ。

 佐多岬の観光客は、展望台で太平拝を眺めて帰るのが一般的であり、今回のように太平洋の飛沫を裕びるほどの経験はしたことがなかった。岬までは有料道路のみで歩道は設置されていないため、帰路は「シェルパ斉藤氏(『BE−PAL』誌にて活躍中のバックパッカ―)お勧めの「本土最南端トレイル」を経由して田尻集落に帰着した。             
 宮崎支部の踏査完了には、腕児島県内の分水額を一手に引き受けて踏査した内山会員の努力に負うものが大であった。紙面を借りて感謝の意を表する次第である。

               (児島実照)

          

中央分水穎最南端の佐多岬で
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