中央分水嶺踏査登山活動報告

首都圏U 山げらの会

悪戦苦闘の9時間

 山げらの会は、「鳥居峠〜地蔵峠」を担当した。当初、登山道があると思って選んだ区間だったが、「鳥居峠から角間峠の間は薮」との情報が入ったので5月29日、メンバー5名で下見に行った。1時間少々熊笹の薮と格闘したものの、天気予報が雨だったため、鳥居峠に戻った。

10月23日は、9時25分に鳥居峠出発、途中、棒の上に白い板が載っているものを見たが、下見の時に少し先に三角点の標石を見つけていたので、通り過ぎた。後日、地図に当ると、標石はあるべき位置28分56秒より10秒ずれた46秒であったことが判明、あの白い板のところが、観測すべき箇所だったようだ。

 薮に入ってすぐのあたりには、県境の盛り土が続いていた。群馬・長野両県が県境に盛り土をしたもので、浅間山の辺りまで見られるらしい。12時20分、大塚山着。この調子なら悪戦苦闘4時頃には角間峠に着けそうだと前進を決定。笹薮のなかをもがきながら、小ヤリ着14時30分。狭い頂上であった。四阿角間峠付近から見た分水額、正面が四阿山、右は角間山山や浅間山の噴煙が見えた。大ヤリには16時20分着。
陽のあるうちに角間峠に着けないことが確実となり、角間山の肩からは、登山道を通って下ることにした。17時40分、ようやく薮を抜け肩に出た。空には半月が昇っていた。角間峠18時20分者。メンバー4名に、強力な助っ人3名。ケガもなく、踏査できた。肩から角間峠の薮と、地蔵峠〜湯の丸山〜角間峠も翌24日、快晴の北アルプスの眺望を楽しみつつ、踏査を終了した。小ヤリからは鹿沢温泉にいたメンバーと携帯が通じたこと、貸し切りバスで送迎が滞らなかったことも幸いだった。

(鎗木 裕代)

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