中央分水嶺踏査登山活動報告

首都圏T・科学委員会

田代・帝釈、踏査顛末?!

 科学委員会の担当区間は南会津の馬坂峠より安が森峠。「馬坂峠より田代山峠」を1区、「田代山峠より安が森峠」を2区に分けて踏査することとし、1区は公募参加者と10月に、2区は11月の偵察山行のうえ来年の残雪期に本踏査の予定である。今回は1区について報告する。

 10月16日、委員10名、公募参加者9名が南会津の桧枝岐へ向かう。昼食後「武田久吉メモリアルホール」を見学した。武田氏は日本山岳会6代目の会長であり、理学博士として植物学の教育啓蒙に尽力され、さらに今日の尾瀬を守った偉大な先輩である。また当会のシンボルマークは同氏のデザインである。

 2日日、8時20分に馬坂峠より、登山路班と分水嶺を忠実に辿る薮こぎ班に分かれ踏査開始。根笹地帯を過ぎるとオサバグサの群生地があった。三角点の帝釈山(2061m)で360度の展望。間近に会津駒ヶ岳、尾瀬の燵岳、さらに速くの山々。登山路は分水嶺の細尾根を下り、その後は大きく離れることなく併行する。しかし薮こぎ班は予想以上に時間を要す。

11時過ぎ田代山の弘法太子堂に着く。田代湿原は北側に緩く傾斜しており、分水嶺は南縁を通るが、木造工事中のため滞水帯への踏み込み不能で望見するに止める。予定タイムをオーバーしたため、田代山峠までの計画を断念し狭倉登山口ヘ下山。同日、別動隊の近藤委員が田代山峠より田代山までの分水嶺を薮こぎで踏査した。
(1)分水嶺は忠実に県境であり、古地図の藩境と一致する。明快に水利権を巡る線引きである。
(2)分水嶺の南側は断崖が多いため、登山路はすべて傾斜の緩い北側(日本海側)を通る。
(3)分水頬を堺にした植生の相違は見られず、どちらも日本海型樹林である。 

  (向野 博彦)


photo:田代湿原を通る分水頼
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