中央分水嶺踏査登山活動報告

中央分水嶺踏査(番外縞)

青函トンネルを歩き抜ける


          

 50年このかた、こつこつと日本国内を山に限らず、徒歩や自転車で踏査し、この自力エネルギーによる軌跡を結ぶことを生きがいにしてきた。だが本州と北海道の間には津軽海峡があり、どうしてもこの間の軌跡を結ぶことができない。昭和63年に津軽海峡線が営業開通したので、いずれトンネルウォークが開催され、歩く機会ができるのではと期待が高まった。しかしその機会もなく、悲願を果せずにいた。

 ところが、「北港道新幹線着工記念青函トンネルウォーク」をJR北海道が主催することを偶然聞きつけ、早速エントリーした。当初は喜びに耐えなかったが、一生に一度の待望の機会を、いじわるな神様の邪魔が入らぬかと、心配になったりもした。某有名旅行社が催行していて、催行人員は当初20名であった。

 ついに催行の日となり、前日の8月20日に空路函館に飛んだ。空港で母親の死去の知らせを受けたが、親不孝ながら行動を続行した。母親からの最後の贈物と勝手に解釈した

 北海道の中央分水穎は最南端の白神岬で、本州のそれは龍飛崎で津軽海峡に没す。氷河期には、この両岬を結んで山脈が走り、ナウマン象が往来していたそうだ。海水が乾しあがるとすれば、この山脈はまさに日本の中央分水嶺となり、青函トンネルはこの山脈に沿って走っていることになる。それならば、中央分水嶺踏査の番外編として、日本山岳会の踏査軌跡が連続する点からも有意義かと考えた。

 北海道側は地表の吉岡斜坑口から入り、海底では列車の走る本坑と並行に走る作業坑を歩き、再び斜坑を経て青森県龍飛崎の地表の斜坑口に出た。約25`、5時間のウォーキングであった。これで、北海道と本州の両地表間に踏査軌跡が完全に結ばれた。

 当日の踏査では、まだ白神岬と吉岡斜坑口、および龍飛崎と龍飛斜坑口の間の踏査軌跡が未通なので、9月20日、21日と再度この地を訪れ、未通部分を綿密に踏査し万全を期した。

 ここまでくると酔狂の域かなとも思う。両日とも対岸の国土がはっきりと相互に眺められた。そして、この間に青函トンネルの存在を認識し、関係した多くの方々の崇高な意思を改めて感じ、たいへん感動した。私としても独りよがりな念願が果たせて、うれしく感じた次第である。

柳下棟生
山No726(2005/11)

          

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