中央分水嶺踏査登山活動報告
首都圏T・山岳地理クラブ
線の分水嶺で終わらず 山岳地理クラブの分水嶺は、福島県の甲子峠から、男鹿岳北方の大川峠までを担当した。この野岩国境の多くは、もちろん踏み跡がなく薮が続くのであるが、年齢、経験を問わず全員でヘルメットを被り猛然と突入、団結力で踏査した。
さて、このルート中に登山関係はもちろんのこと、地元ですら知る人が少ない大萱峠と言う峠の存在を、平野彰会員が所蔵していた『岩代国若松縣第一大区全図』内から発見。それは戊辰戦争の時の水戸藩諸生隊の退路、明治時代初期には年に二千五百頭もの馬が越え、若松縣令が部下五十名と越えた峠であることが判明した。
この調査過程において栃木県山岳踏査の第一人者である中村宏氏、水戸藩諸生隊の研究をされている茨城大学山下恒夫教授、地元南稜会の渡部衛氏、林野庁関東森林管理局、奥会津地方歴史民俗資料館の渡部陣一氏、山麓の栗生沢集落の方々に情報収集等でお世話になり、湯田芳博田島町長とも意見交換し、文化的交流等で今後前向きに行動することになった。
我々の分水嶺は百周年事業の線の踏査だけで終わらず、そこから発生した地元との交流を大切に、面での踏査を継続していく予定である。
(遠山元信)
狂烈な薮帯をこいた後の記念撮影(大川峠にて)
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